2022.11.03
ポン女 Vol.1紗枝はすぐに友人に話を通してくれ、4日後の金曜日、菜々子は美容クリニックの面接を受けることになった。
指定された時間は18時。面接の時間にしては少し遅い。
すでに日が落ちた麻布十番の商店街を歩き、言われた場所までやってきた。
「あの、今日は面接で参りました…」
受付で、菜々子が名前を言おうとしたときのことだ。
誰かが、廊下の向こうからカツカツとヒールを鳴らしながらやってきた。
振り返ると、そこにいたのは総レースのブラックのワンピースに、栗色の髪の女。顔半分はマスクで隠れているとはいえ、陶器のような美肌と、人を見透かすような目力の強さに菜々子は思わず見惚れた。
― 綺麗な人…。
だが、その女性は菜々子の少し手前で立ち止まると、上から下まで舐め回すように菜々子を見た。
そして、くるっと後ろを振り返って言ったのだ。
「ねえ、いづみの代わりって彼女?」
すると奥からバタバタともう1人女性がやってきた。
「菜々子さんですよね?私、紗枝の友人の林いづみです。こちら上司の天堂麗香です。とりあえず、話は後で伺うので、一緒に来てもらえます?」
そう言うと、返事をする猶予も与えず、2人はクリニックの入り口に向かって歩き出した。仕方なく、菜々子も後を追う。
外に出ると、いづみはアプリで手配済みのタクシーにまず麗香を乗せ、自らが真ん中に乗車してから、菜々子にも乗るよう促した。
「あのどこに行くんですか?」
不安になった菜々子がいづみに尋ねる。すると、彼女を飛び越して麗香が答えた。
「何って、シャンパンを飲みに。まさか、あなたお酒飲めないとか?」
「あの…私、面接を受けに…」
そこまで言いかけた時に、真ん中に座っていたいづみが口を挟んだ。
「あの、もう着きますから。仕事の内容は、後で私から説明します」
六本木に向かったタクシーはミッドタウンを過ぎたあたりで停車し、麗香といづみは、菜々子を気にかける様子もなく、あるレストランに入っていく。
― ここ、以前律が誕生日を祝ってくれたレストラン…。
店の前で立ち止まり、感傷に浸っていると「何してるんですか?」といづみが急かした。「すみません!」と訳がわからないまま謝る。
店に一歩踏み入ると、そこは貸し切りのパーティー会場と化し、皆シャンパングラスを手にお喋りに興じていた。ゲストは皆一様にブラックのセミフォーマル以上の装いだ。
― そういえば、今日は黒い服を着てくるように言われたのって、ここに来るため?
次第に麗香の周りに人が集まり、小さな輪ができていった。その中心で麗香は楽しそうに、シャンパングラスを傾けている。
「私、ここでどうすればいいんですか?」
菜々子は恐る恐る尋ねた。
いづみは「ちょっとこっちに」と菜々子を壁際に促すと、聞こうと思っていたことを順序立てて説明し始めた。
「いい?彼女は麻布十番に本院を構える天堂美容クリニックの院長夫人、天堂麗香」
クリニックのPRやコスメの開発の責任者でもあるといづみは言った。
「そして、彼女のもう一つの顔がコレ。“ポン女”よ」
聞きなれない言葉に、頭の中にハテナマークが踊る。
「ポン女?日本女子大の…」と言いかけたが、いづみに遮られる。
「高級シャンパンが“ポン”開くところに彼女は駆けつける。そこからついた呼び名がポン女。“なんとか親善大使”みたいな感じだと思ったらいいわ」
― “シャンパンがポン!”のポン女…。
菜々子は、半ば呆れながら麗香たちの会話に聞き耳を立てた。
「麗香さん、来月六本木通り沿いにガストロノミーのレストランをオープンするんだけど、レセプションに遊びに来てよ」
「もしかしてシンガポールから引っ張ってきたっていう例の?じゃあ、レジデンスの友人と伺うわ」
横からいづみが耳打ちした。
「レジデンスの友人っていうのは、インスタ200万フォロワーでモデルの鷺坂なるみよ。麗香さんの親友なの」
「えっ?」
いづみが言うには、女優やモデル、会社経営者などのインフルエンサーたちが麗香のまわりにはわんさといて、彼女のお膳立てひとつで夜の六本木各所に顔を出すというのだ。それも完全プライベートで。
「つまり、麗香さんが顔を出せば、必ず金が動くの。この界隈の経済は、彼女がまわしていると言っても言い過ぎじゃない」
「はぁ…」
菜々子はどうも腑に落ちないのだ。
なにしろ面接だと呼びつけておきながらパーティーに連れ出され、仕事の内容もわからないままだ。
「あなたも彼女と一緒にいればわかる」といづみは不敵な笑みを浮かべ、麗香を遠巻きに見ながら涼しい顔をしている。
しかし、菜々子は腹を決めた。
「私、やっぱり面接やめます。私に務まる気がしません。他の方を探してください」
きっぱり言い切ると菜々子は入り口に向かって歩き出した。
その時、菜々子の背後から、凛とした声が会場に響き渡った。
「ちょっと待ちなさいよ!」
菜々子は一瞬ビクッとして、身構えた。
▶他にも:何度もデートしていたのに女が告白した途端、態度が急変した男。そのワケとは…
▶NEXT:11月10日 木曜更新予定
麗香の元で働き始めた菜々子は、麗香から元カレへの復讐方法について指南され…
【ポン女】の記事一覧
2023.01.19
Vol.13
「彼に誘われたら断れない…」恋愛上手な男に転がされる27歳女。だが、あるキッカケで男の本性を知り…
2023.01.18
Vol.12
「条件がいい男」と「ドキドキする男」どっちを選ぶ?明日で最終話!「ポン女」全話総集編
2023.01.12
Vol.11
「彼のこと好きになれたら、幸せになれるのに…」ドキドキする相手としか付き合えない女の運命は…
2023.01.05
Vol.10
結婚を決めた理由は「なんとなく」だった。惰性で決断したことを女が後悔したワケ
2022.12.29
Vol.9
年末は積極的にアプローチしてきた彼が、年明けになって急に女に冷たくなったワケとは
2022.12.22
Vol.8
男の人と2人で飲むの、久しぶりかも…。楽しくて深夜3時まで一緒にいたら、意外な展開に…
2022.12.15
Vol.7
「出会ったとき、彼は既婚者でした…」わかっていても別れられない女の本音
2022.12.08
Vol.6
六本木のタワマンに住むセレブ妻が、夫から突然離婚を迫られ…。動揺した女は…
2022.12.01
Vol.5
離婚したい夫と、離婚したくない妻。両者の言い分には相容れない理由があって…
2022.11.24
Vol.4
高級ブランド品を男に買うだけ買わせて、キス止まり。貢がれる女の手腕とは
おすすめ記事
2022.05.01
天敵な女
天敵な女:清純派のフリして、オトコ探しに没頭するトップアイドル。それを目撃した女は、つい…
- PR
2024.11.20
銀座で女性と過ごす夜。アイリッシュウイスキーが引き寄せた、2人だけの密やかな高揚とは
2016.06.30
忘れられない香り
ミステリアスな男を思い出す「ジョー マローン ロンドン」。見てはいけないノートの正体
2015.09.20
やまとなでしこ 2015 〜極上の結婚〜
やまとなでしこ2015 決断前夜 ・・・あの美しい愛をもう一度・・・
- PR
2024.11.18
総勢100名に当たる!西友&東急ストアで「スプリングバレー」を買って東カレ厳選グルメをもらおう!
2023.03.21
二世お受験物語
二世お受験物語:「この子を、同じ学校に入れたい…」名門校を卒業したワーママの苦悩
2017.10.02
サラリーマン会計士・隆一の迷い
「石の上にも3年」は、社会人として“死”の始まり。27歳で取り残された男の行く末は果たして…!?
2021.08.27
盛りラブ
ついに現れた“理想の10箇条”を満たす男。ニヤニヤが止まらないズボラ女子の決心とは?
2017.08.06
日曜日の女
日曜日の女:唖々悲しきかな、勘違い乙女。モテる小悪魔気取りな女の、哀しい実態
2019.10.03
オトナな男
オトナな男:彼氏とのLINEは、スタンプ1つで終わり…。23歳女が渋谷・宇田川町で気づく恋の終焉
東京カレンダーショッピング
『佐藤養助商店』:門外不出の技による、喉ごし滑らかな"稲庭干饂飩"
『かに物語』:ふっくらと肉厚な一本爪が2本入ったフレンチカレー
『西岡養鰻』:特製タレ付き!脂の乗った高品質な鰻を土佐備長炭で丁寧に焼き上げた蒲焼
『マルヒラ川村水産』:ご飯に載せて贅沢いくら丼!1粒1粒に旨みが凝縮された、とろける食感の北海道函館産天然いくら
『North Farm Stock』:北海道産ミニトマト使用!糖度が高く、コクとうまみがたっぷり詰まったトマトジュース
『ル・ボヌール 芦屋』:フリーズドライフルーツにホワイトチョコがたっぷりと染み込んだ新感覚スイーツ
『HAL YAMASHITA 東京』:シルクのようななめらかさ!冷え冷えトロリの新食感"ウォーターチョコレート"
この記事へのコメント