2014年、30歳になっていた香織は、5歳年下の彼と付き合っていた。相手はメガバンクに勤める25歳の和哉だ。
その頃、毎月のように結婚式に出席していた時期は落ち着き、20代半ばで早々に結婚した友人の一部が立て続けに離婚した。
夫の浮気や価値観の不一致で別れる友人たち。結婚式では皆に祝福され、満面の笑みを浮かべていた2人が冷めきって、ひどい場合は憎しみ合うまでになった現実を知る度に、香織は複雑な気持ちになったものだ。
それぞれの道を歩む友人たちを横目に、一時期は結婚願望が落ち着いていたものの、「やっぱり一度は結婚したい!」と気持ちを新たに出会い探しに奔走していた。
和哉とはそんな頃に開かれた食事会で知り合った。男女4人ずつの会で、皆29歳から30歳と同年代が揃った中で、彼だけが25歳と若かった。
男性は皆同じメガバンクの同僚だが、参加予定だった一人が体調不良で欠席となり、急遽都合がついた後輩の和哉が人数合わせに飛び入りで参加していたのだ。
年下には興味のなかった香織は、この食事会でも和哉のことは特に意識していなかった。だが、和哉は香織に興味を持ったらしく、ことあるごとに話しを香織に振り、皆の前で「いいなー香織さん。素敵だなぁ」と香織へのほめ言葉を連発していた。
同席している男性たちから「ゆとりは黙ってろ」と嗜められながらも、「僕、今日誘ってもらえて本当に感謝してますっ」とお酒で赤くなった顔で満面の笑みを作っていた。
少し頼りなさそうに見えた和哉だが、酔っていても細かい気遣いに抜かりはなく、誰かのグラスのお酒が残り僅かになるとさり気なくドリンクメニューを渡し、空いたグラスや食器はすぐに下げ、大皿料理は率先して取り分けた。
そのどれもが押し付けがましくなく後輩キャラを前面に出して、女性たちにも気を遣わせないやり方で、香織は感心した。
聞けば3人兄弟の末っ子とのことで、年上の扱いに長けていることに納得した。男性たちも、ノリが良く甘え上手な和哉を可愛がっていることが伺えた。
食事会を終えて自宅に着くと、和哉から早速連絡が来ていた。今日は楽しかった、次は二人で食事に行きましょう、との内容だ。
日比谷線の女
過去に付き合ったり、関係を持った男たちは、なぜか皆、日比谷線沿線に住んでいた。
そんな、日比谷線の男たちと浮世を流してきた、長澤香織(33歳)。通称・“日比谷線の女”が、結婚を前に、日比谷線の男たちとの日々、そしてその街を慈しみを込めて振り返る。
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