本記事は、2016年に公開された記事の再掲です。当時の空気感も含めて、お楽しみください。
過去に付き合ったり、関係を持った男たちは、なぜか皆、日比谷線沿線に住んでいた。
そんな、日比谷線の男たちと浮名を流してきた香織は、上京後立て続けにタワーマンションに住む篤志や弁護士の孝太郎と付き合うがどちらもあっけなく終わる。初めてのワンナイトや社内恋愛も経験したが、恵比寿に住んでいた涼とは恵比寿での半同棲を経て中目黒アトラスタワーで同棲したがその恋も終わってしまい……?
日比谷線の女 vol.9:人形町に住むバツイチ商社マンの、こじれた恋愛観に翻弄される……?!
2013年、香織は以前出していた異動希望が通り、店舗窓口での旅行コンサルタントから企業への商品開発部に所属が変わったため、新しい仕事を覚えるのに必死だった。
日中は、営業経験が豊富な先輩と一緒に企業や官公庁をまわって、会社に戻ると企画書を作り、見積もり金額を出す。価格を抑えるための交渉や並行して走らせている他の案件のプレゼン資料作りまでこなすと、いくら残業しても仕事が減ることはなかった。
新入社員の時よりも覚えることが多いのではないかと思え、そのプレッシャーとストレスも多かった。だが、入社したばかりの頃のように、仕事終わりに同期の真希たちと一緒に、安い居酒屋でビールジョッキ片手に愚痴をこぼしてストレスを発散する、なんていう無粋なことは必要なかった。
休日は銀座へ行って、マッサージとエステでリンパの流れを整え、毒気を抜いてもらうことで日頃のストレスの多くは解消された。
銀座へは自分へのご褒美や、仕事を頑張るための投資として無理のない範囲で足繁く通った。20代後半になって、安酒を飲みながら仕事の愚痴をこぼす女にはなりたくなかったのだ。もちろん、大好きな横丁系の居酒屋にも行くが、ネガティブな話題を出すことはない。
自宅での食事はオーガニックや質の良い調味料を選ぶなど、仕事が忙しくなるほどに、スローフードにこだわるようになった。
どれも、仕事を良いコンディションでこなすためだ。こうして自分のためにお金をかけようと、香織の意識が変わったのは、純一の影響があったのかもしれない。
純一は取引先を介して知り合った44歳。父親から受け継いだ会社の社長をしている、いわゆる2代目だ。普段は静岡に住んでいるが東京支社へ来るため、月の3分の1は東京で過ごすのだ。マンションは借りておらず、帝国ホテルを常宿としていた。
「会社がある新橋の周辺でタワーマンションを借りてもよかったけど、せっかくだから、ホテル暮らしも味わいたくてね」
そう言って彼は軽く片目を閉じて笑った。彼が笑うと彼の周囲も華やかさを増すような、明るい笑顔を自然に作ることができる人だった。
料理をしない彼にとってキッチンは不要であり、部屋へ帰れば毎日、清潔でシワひとつないベッドが疲れた身体を包んでくれる。ホテルスタッフにも顔を覚えられ、近すぎず遠すぎない適度な距離感で、軽い会話を交わす。それがとても居心地が良いのだと、彼はよく言っていた。
宿泊する部屋は可能な限り、同じ部屋をオーダーするのが彼のこだわりだった。初めの頃は、本館のインペリアルフロアや、タワー館のプレミアムタワーフロアにも泊まったが、タワー館の25階、約50㎡のプレミアデラックスルームが彼のお気に入りとなったそうだ。
日比谷公園と皇居を見下ろせるその部屋で、「静岡にいるより自然を感じられるかも」なんていう冗談を言っていた。
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