日比谷線の女 Vol.6

日比谷線の女:夢と野望に溢れた彼との、恵比寿での濃密な半同棲生活

過去に付き合ったり、関係を持った男たちは、なぜか皆、日比谷線沿線に住んでいた。

そんな、日比谷線の男たちと浮名を流してきた香織は、上京後立て続けにタワーマンションに住む篤志弁護士の孝太郎と付き合ったが、どちらの恋もあっけなく終わった。その後は初めてのワンナイト社内恋愛も経験するが、どれも長続きしない。そんな香織の次なる相手は……?

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恵比寿に2号店を出した『シェイク シャック』の行列を横目に、香織は足を速めた。JRの改札前を通って東口に出ると、ゆるやかな坂を下りながら、みずほ銀行がある交差点へ向かって急ぐ。

結婚を控えた女は忙しい。香織は晴れの日へ向けて、毎週の休日をほぼ、美容関連のために使っていた。今日は美肌と小顔に効果があるという美容鍼を受けに恵比寿へ来たのだ。

香織は、恵比寿に来る度にある男のことを思い出す。今でもはっきりと顔を思い出せる彼との、濃密だった時間。それは、香織が一番幸せであり、一番絶望を感じた恋愛だった。



26歳の頃、香織は理想の生活を手に入れていた。

同じ歳の恋人・片桐涼と恵比寿で半同棲生活を送っていたからだ。それは香織が上京して初めての安定した恋愛だった。

涼は、香織が勤める旅行会社のパンフレットやチラシを作る制作会社の営業マン。熱心で丁寧な仕事ぶりは香織の会社でも評判だった。

決してハンサムではないが、愛嬌のある顔で可愛がられる弟タイプ。小学生の頃から12年間続けた野球によって、体育会系気質が染み付いたようで礼儀もわきまえ、清々しさをまとったような男だった。

胸板が厚くがっちりした体型に、丸くて大きな瞳の童顔というアンバランスさも、周りから慕われる一つの要素ではないかと香織は思っていた。

涼に会社で何度も会っている同期の真希曰く、彼の印象は「きれいなジャイアン」だった。付き合い始めた当初、そのことを涼に言うと「確かに!今度から使わせてもらうわ」と手を叩きながら笑って言った。

涼と付き合い始める前の香織は、人生2度目のモテ期を迎えていた。初めてのモテ期は高校1年生の時、そして25歳から26歳のその頃が2度目だった。

新たに知り合う男性のほとんどから好意を寄せられ、デートに誘われた。上野に住んでいた翔太がいなくなり寂しい思いをしたのも束の間、恋愛面において香織は上野公園の桜よろしく、春爛漫だった。

合コンに行けば商社マンや大手銀行員、外資系証券会社のエリートに若手経営者など、女たちから人気の職業に就く彼らがこぞって香織を狙ってきた。

だがそんな彼らと2人で食事に行っても、1度きりで終わることが続いた。ゆっくり話してみるとお互いが思っていた印象と違ったり、話しが合わないことが多く、次のステップに発展することはなかった。

不毛なまま香織のモテ期が終わろうとした頃、涼からデートに誘われた。仕事関係の相手では気軽に誘いに乗ることができず、何度か断ったのだが熱心に誘ってくる彼に「1度は行ってみてもいいかな」と心が動き、誘いを受けた。

初デートに彼が予約していたのはインターフォンを鳴らして入るという、大人の隠れ家感たっぷりな恵比寿の『イクラ』だった。

ウニとイクラを堪能しながら分かったのは、彼が夢と野望に溢れた男であること、香織のことを熱烈に好きだということ、食の趣味がぴったり合うのだという3つだった。大事なポイントを3つも押さえている彼を、振る理由が香織にはなかった。

そうして始まったこの恋は、まさに順調そのもので、週末は彼の住む恵比寿のマンションで一緒に過ごすのが定番となった。

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