本記事は、2016年に公開された記事の再掲です。当時の空気感も含めて、お楽しみください。
過去に付き合ったり、関係を持った男たちは、なぜか皆、日比谷線沿線に住んでいた。
そんな、日比谷線の男たちと浮名を流してきた香織は、上京後立て続けにタワーマンションに住む篤志や弁護士の孝太郎と付き合うがどちらもあっけなく終わる。初めてのワンナイトや社内恋愛も経験したが、恵比寿に住んでいた涼とは恵比寿での半同棲を経て中目黒アトラスタワーで同棲したが、その恋も終わってしまい……?
日比谷線の女 vol.8:北千住のシェアハウスで気づいた、27歳女の武器とは
北千住のシェアハウスを予定通り2ヶ月で出た香織は、広尾に引っ越していた。
広尾と恵比寿のちょうど中間で、どちらの駅からも歩いて10分弱かかる距離。「どこに引っ越したの?」と聞かれるといつも少し迷ってしまうが、住所は広尾1丁目だから、広尾と答えるようにしていた。
約23㎡の1Kで、家賃8万7,000円に9,000円の管理費も合わせると約10万円。築19年と年数は経っているが、中は綺麗にリフォームされて快適だった。広尾近辺でバス・トイレ別の物件にこだわって探した、お気に入りの部屋だ。
孝太郎と別れる時、広尾ガーデンヒルズの坂を下りながら、「いつか自分の力でここに住めるようになるんだ」と意気込んだのはもう5年も前のこと。
まだまだガーデンヒルズには住めないが、広尾にこだわったのはそんな野心を思い出したからだ。
広尾に住み始めてからは、とにかく仕事に熱中していた。涼と別れて以来、心に空いた穴はまだまだ埋まる気配はない。誇れる仕事をしていないと、東京にいる価値はないのだと自分を追い込み、とにかく仕事に打ち込んだ。
香織は入社以来、旅行会社の窓口で旅行コンサルタントとして幸せそうなハネムーナーや仲良し母娘を相手に、旅行プランの提案をするのが好きで、自分の仕事に満足していた。だが、仕事に熱中しだすと物足りなさを感じ始め、もっと大きなプロジェクトに参加したいという思いが沸々と湧いてきた。そして、かねてより考えていた企業相手の商品開発部への異動希望を出した。
希望が通るかはわからないが、まずはできる所からと、窓口での業務にもこれまで以上に打ち込んだ。仕事に打ち込めば打ち込むほどやりがいと楽しさを肌で感じられるようになってきて、さらに仕事への熱を上げた。
そしてこの頃、香織が定期的にデートを重ねていた相手は人形町に住む祐介だ。彼は大手町に本社のある、総合商社に勤める43歳のバツイチ。
大学まで野球をしていた、根っからの体育会系商社マン。少し面長の顔に奥二重の瞳を持ち、鼻の付け根がくっきりして目の周りの彫りは深いのだが、鼻先はやや低空飛行。あと5ミリでも鼻が高かったら…と、彼の顔を見る度少し残念な気持ちになったものだ。
彼とは仕事の幅を広げたくて参加した異業種交流会で知り合った。皆が必死に名刺を交換し合っている中、彼だけは落ち着いた雰囲気を放っていた。
思い切って香織から声をかけると、会の主催者と友人で、付き合いで仕方なく参加したのだと、眉毛を八の字にして苦笑いしながら言っていた。
その少し困ったような、でも心から嫌ではなさそうな顔に好感を持ち、少しだけこの人のことを知りたくなったのだった。
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