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日比谷線の女 Vol.9

日比谷線の女:人形町に住むバツイチ商社マンの、こじれた恋愛観に翻弄される…?!


彼が住んでいたのはURの47階建てタワーマンション。その28階の1LDK 57㎡、家賃は22万の部屋に住んでいた。

彼の部屋へは一度だけ入ったことがある。窓からは東京タワーが見え、それはなかなかの眺めだったが、UR物件だからかタワーマンションにしては豪華さに欠けているように思った。外観もなんだか無機質で華やかでなければスタイリッシュとも違う。

さらに内廊下に絨毯は敷かれておらず、やはり無機質で味気無いコンクリートの空間が広がっているのだった。香織のイメージしているタワーマンションの煌めきはなく、リアルな生活感に溢れていた。

マンションの豪華さよりも、仕事に便利な立地を選んだ彼は、実は意外と堅実で真面目だったのかもしれない。

結局、彼の部屋はなんだか居心地が悪くて、言い訳を並べてその日はすぐに帰った。彼も香織に対して特に何かを期待している風でもなかった。

ただ大人の余裕を見せたかっただけかもしれないが、香織以外にもデート相手はたくさんいるのだ。香織に執着する必要はなかったのだろう。



2016年4月に新しく建て替えられた水天宮にお参りに来た香織は、隣で手を合わせている彼の横顔を見て微笑んだ。

今日は婚約者である彼と日本橋へ行った帰りに、水天宮まで来たのだ。水天宮は新社殿となり、白木の本殿は眩しいほどの光に溢れていて、香織の知っているそれとは違う場所のように一瞬錯覚したほどだ。

ここへ来たのは、最近彼の友人が奥さんと一緒に安産祈願に訪れたと聞いて、早く子どもを欲しがっている彼たっての希望だった。

「本当にいつも長くお願いするのね。」
やっと目を開けた彼に、半ば呆れながら香織は言った。

「なんだかつい欲張っちゃうんだよな」彼は照れたように笑って言うと、香織の手を握り、次は子宝いぬの方へグイグイ進んで、香織に干支の子犬を撫でさせた。

彼も楽しそうに自分の干支の子犬を撫でながら言った。
「俺、こんなとこ知らなかったよ。香織は来たことあるんだっけ?」

「前を通ったことはあるけど、お参りに来るのは初めてかな。でも、あなたと来ることができて良かった。」
香織は戸惑うことなく、満面の笑顔でさらりと言った。

それから「行きましょう」と続けると彼の手を取り、鳥居に向かってまっすぐ歩き始めた。

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日比谷線の女

過去に付き合ったり、関係を持った男たちは、なぜか皆、日比谷線沿線に住んでいた。

そんな、日比谷線の男たちと浮世を流してきた、長澤香織(33歳)。通称・“日比谷線の女”が、結婚を前に、日比谷線の男たちとの日々、そしてその街を慈しみを込めて振り返る。

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