5歳も年下の彼は恋人候補にはならないが、逆にその気楽さが良くて、食事ぐらいならと香織は軽く応じた。正直な所、自分のことをとにかく褒めてくれる彼とは、一緒にいて居心地が良さそうだなとも思っていた。
彼と『ダルマット』で会ったのは食事会から2週間後のこと。恵比寿に住む香織に合わせて、慣れない恵比寿で彼が店を予約してくれた。
小伝馬町に住む彼は、恵比寿にはあまり来ないそうだ。愛知の実家を出て京都の大学に進学し、就職で東京に来た彼は東京での遊びをまだあまり知らず、もっぱら銀行と家の往復なのだと嘆いていた。
大きなこだわりはなく、職場への近さと手頃な物件を見つけたことで、小伝馬町に住んでいるのだと彼は言った。
小伝馬町は、人形町と秋葉原の間で特に特徴のない街、という印象しかないが、それを彼に伝えると「その通りですよ。よく知ってくれてるじゃないですか!」とここでは皮肉も込めて褒められた。
この日も彼は、香織のグラスが空きそうになればワインを注ぎ足し、途中で水も頼んでくれた。会話の最中にも、香織の指を見つめながら目を細めて「細くて綺麗な指だね」とさらりと言ったり、何かと褒め言葉を挟んできた。
褒め上手ねと香織が返すと「本当にそう思ってるから。僕は正直者なだけですよ」と笑顔で言われた後、数秒間見つめられた。
正面に座る彼の瞳は、綺麗な二重瞼で笑うと羨ましいくらいに涙袋がぷっくりと膨らんだ。左目には泣きぼくろがあり、そのせいか少しだけセクシーにも見えた。
香織は、5歳も年下の男の子に色気を感じるなんてと、自分を踏み止まらせようとしていることに気づき、すでに和哉のことを好きになり始めていることを認めた。
聞けば、彼は年上としか付き合ったことがないらしく「同世代の女の子は子どもっぽくて嫌なんだよね」とのこと。30代になり、年齢を気にしていた香織にとって、年下からの思いがけない言葉に気持ちは一気に舞い上がってしまった。
なんだか彼のペースに完全にはまって、彼の思い通りに動かされているようにも感じたが、案外それも楽で悪くないかもと思えたのだ。
結婚が遅れ「売れ残り」の烙印を押された女が一発逆転するには、誰もが羨むスーパーリッチと結婚するか、年の差婚で若くてしっかりした将来有望な相手を青田買いするかのどちらかだと聞いたことがある。
東京の30歳女性は、売れ残りと言われるにはまだ早いが、特定の相手がいない香織にはその烙印を押される日も近いのではという焦りも、認めたくはないが少しはあった。
彼の部屋へは、3回目のデートの後に初めて訪れた。「もっと一緒に居たい。本気だから」とまっすぐ見つめられ、断ることはできなかった。







この記事へのコメント
コメントはまだありません。