彼の部屋は小伝馬町駅から3分、1Kで約26㎡と今まで見てきた他の男性の部屋と比べると、決して広くはないが、社会人3年目の彼には相応のマンションだ。
家賃は管理費も入れると9万9,000円。時間があれば自炊もするそうで、その堅実さに好感を持ちながらも、少しの物足りなさも感じてしまった。
食事に行けば、彼が全額払おうとしてくれるが、さすがにそれは気が引けて半分は出すようにしていた。最初は断っていた彼も、回数を重ねると割り勘が当たり前になった。メガバンクに勤める彼は、無理して格好つけることもなく堅実で、結婚相手としては申し分ないのかもしれない。
初めて彼の部屋を訪れた次の週も、土曜日にデートをしてそのまま彼の部屋に泊まった。部屋で2人きりになると、いつになく甘えてくる彼を可愛いく思いながらも、これが年下と付き合う醍醐味なのかと妙に冷静に考えている自分もいた。
さらに翌週の金曜日も彼の部屋へ行き、泊まる予定だった。だがこの日、耳を疑う言葉を彼から浴びせられたのだ。
香織がシャワーを浴びようとバスルームに入ると、置いていったはずのクレンジングや化粧水などの一式がなくなっていた。
不思議に思い、バスタオルで身体をくるみドアから顔を出して彼に聞くと「あ、捨てといたよ。他人のものがあると落ち着かないから」とさらりと言われた。
香織は驚き「だからって勝手に捨てるなんて有り得ない」と怒ると、彼は少しだけ眉間にしわを寄せ、「マーキングのつもり?迷惑だからそういうのやめてね。大人の余裕持ってよ」と冷たい表情で言ったのだ。
この一言で、香織の中で何かが弾け飛び、止めようとする彼の手を払いのけ、急いで服を着ると荷物を持って部屋を出た。その日はそのまま自分の部屋へ帰り、彼からのLINEは既読にしたまま無視していた。
翌日には彼が恵比寿まで来て謝ってくれたから、ひとまず仲直りをして洗顔セットだけは置いておくことで話しはまとまった。だがそれも、洗面台の収納の中だけと、場所を決められたことにやはり納得できず、もう一度だけ彼の部屋に泊まったが、結局すぐに別れた。
彼の部屋に自分の物を増やしていくのも、恋愛初期特有の楽しみだと思っていたが、それを許されない関係なんて続けられないと思ったからだ。
他の女性の存在も考えたが、もうどうでもよかった。わずか1ヶ月の付き合いとなり、小伝馬町で彼と一緒に行けたお店は、鉄板焼きの『ミキスケ』だけだった。
可愛いと思っていた年下の彼にあんな言葉を浴びせられるなんて、まさに飼い犬に噛まれた気持ちだった。
この件で年下男には懲りた香織だが、結婚への思いは募る一方となった。香織は焦り、「売れ残り」の烙印回避のために、もう一つの案で東京婚活市場の荒波に挑むことを決めたのだった。






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