2016.12.21
SPECIAL TALK Vol.27特例で正社員にがむしゃらに働く日々
金丸:正社員になると、生活や待遇は変わったのですか?
三國:社員用の寮が与えられましたが、一度も帰りませんでした。
金丸:それはどうして?
三國:夜はずっと料理の練習をしていたからです。夜の12時から朝6時まで、その日に見聞きした料理を復習し、少し寝たらまた仕事する、という毎日を送っていました。
金丸:たとえばソースの味とか、どうやって覚えるんですか?
三國:レシピなんて教えてくれないんで、昼間に盗んで味見しておいたのを、夜中に再現して作る。その繰り返しです。
金丸:それだけ練習していれば、仕事もあっという間に覚えたのでは?
三國:そうですね。人の何倍もやっていたから、手が早くなるわけですよ。上から「清三、オムレツできるか?」と聞かれたら、「はい、できます!」と答えてパパッと作る。みんなに驚かれました。18歳のときには、ほとんどの仕事ができるようになり、メインダイニングの総料理長の仕事も代わりにやっていましたね。
金丸:18歳でそこに辿り着くとは……。努力はもちろんですが、才能もあったのでしょう。
三國:料理の世界というのは、厨房に入れば学歴は関係ありません。とにかく手が早くて、美味しければ勝ち。それが性に合っていたんでしょうね。
金丸:まさに実力主義ですね。
三國:でも、僕も若かったので調子に乗ってしまい、先輩に生意気な態度をとって、よくケンカしていましたよ。「お前、いい気になるなよ!」と罵倒されたこともあります。東京には『帝国ホテル』という日本一のホテルがあって、そこにお前なんか足元にも及ばない料理の神様がいる、鼻をへし折られて来い、と。
金丸:その神様というのが、『帝国ホテル』の村上信夫料理長だったんですね。しかし、青木さんが出ていくことを許さなかったのでは?
三國:そこは、私の性格をよくわかってくれていて、「お前は一度言い出したら、絶対に折れないから」と紹介状を用意して、『帝国ホテル』に便宜を図ってくれました。
金丸:やはり頑張っていると、その頑張りを見て、次のステージに引き上げてくれる人がいる。今までお話を伺ってきた成功者に、共通するエピソードです。
帝国ホテルで初めての挫折。そこから大逆転を遂げた人生訓とは
三國:そうして18歳で上京したのですが、いざ帝国ホテルに行っても、すぐ社員にはなれませんでした。上京した昭和51年は、ちょうどオイルショックの影響を受けた年で、希望退職者を募っている状況でした。社員になって厨房に立つには、洗い場から始めて、とにかく順番を待つしかなかった。
金丸:あれだけ料理を作れるのに、また洗い場ですか? 『帝国ホテル』となると、やはり全国から働きたい人が集まるんでしょうね。
三國:そうですね、僕の順番は42番目でしたから。『グリル』という当時のメインダイニングの洗い場で働き始めて、あっという間に2年が過ぎました。僕は8月が誕生日なんですけど、20歳を迎えたのに、まだ洗い場にいて何も変わらない。人生で初めて挫折を味わいましたね。どれだけ頑張っても、報われないこともあるんだって。
金丸:このまま順番が回ってこないかも、と思ったりしたのですか?
三國:実は、もう増毛に帰ろうと思っていました。そう8月に決心して、12月に辞めるつもりでいたんです。だから最後にヤケクソで、ホテルにある18のレストランの洗い場をすべて手伝わせてくれ、お金はいらないから、と直訴しました。ここで働いた証に、全部のレストランの鍋をピカピカにしてやろうと思って。
金丸:普通はそんなことしませんよ。辞めるんだから。
三國:あそこで腐っていたら、たぶん今の自分はないでしょうね。そうして3ヵ月ぐらい経った頃、いきなり村上料理長から料理長室に呼ばれたんです。ああ、いよいよクビだと思って訪ねたら、こう言われました。「年明けから、スイスのジュネーブの大使館のコック長になってくれ。650名の中で、一番腕のいい料理人を推薦してくれと言われたから、君を推薦した」と。
金丸:まさかの大逆転!
三國:一瞬何を言われているのかわからなくて。でも「行きます!」と即答しました。
金丸:やはり見ている人は、見ているんです。津軽海峡を越えるのに精一杯だった青年が、いきなりスイスとは。
三國:そうですよ。ジュネーブも知らないのに(笑)。そして村上料理長からは、「10年後には必ず君たちの時代がくる。だから10年間は、ヨーロッパでしっかり修業してきなさい」と言われました。大使館に勤めれば身分が保証されるし、お給料ももらえる。休みの日には食べ歩きをしたり、美術館を巡ったりして自己投資をしなさい、と。大使館は通常2年契約なんですが、結局4年勤め、その後は天才料理人と言われるフレディ・ジラルデ氏の元で学んだり、フランスの三ツ星レストランで働いたりして修業に励みました。
金丸:村上料理長は、三國シェフの動きや塩の振り方などを見て、そのセンスを見抜き推薦されたと伺っています。ご自身ではなぜ選ばれたのだと思っていますか?
三國:これは後から知ったことなんですけど、おそらく村上料理長は、僕に自分を投影しておられたのだと思います。というのも、村上料理長も貧しい下町の出身で、帝国ホテルに入りたくて、18歳から20歳までずっと皿洗いをしていたそうなんです。
金丸:三國シェフに同じにおいを感じ、継承者だと思われたんでしょうね。
三國:村上料理長は84歳でお亡くなりになられたのですが、一度ご自宅を訪問した際に、家族の方から「うちの父は、家では仕事の話は一切しなかったけど、三國シェフのことだけは、『スゴいヤツがいる』と話していたんですよ」と伺いました。
金丸:それは光栄ですね。
三國:僕らはものづくりをする職人ですから、教わったものは覚えられません。反対に自分が盗んだものは、〝皮膚に入っていく〞。身につくとかじゃなくて、皮膚に入っていくんです。そうなるためには、時間をかけるしかありません。よく若い料理人に言うのですが、3年修業して店をやったら3年しかもたない。5年なら5年しかもたない。でもその5年の間に、自分を成長させることができれば、寿命は延びていくと。とにかく成長の速度を早めるには、人の何倍も何十倍も自己犠牲を払ってやるしかない。時間は嘘をつきません。
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