2020.03.30
あなたに会える、その日まで Vol.1なぜ優が「今回は無理かも」と思っていたかには理由がある。
優と亮介の夫婦の場合、不妊治療の中でも最も高度な医療にあたる、顕微授精を受けていた。
顕微鏡下で培養された受精卵を、子宮に移植する方法。3つ培養された受精卵のうち、妊娠する可能性が高い“グレードの高い”受精卵から順に移植したものの、2回連続で陰性となり、妊娠は叶わなかったのだ。
最後に残されたのは最もグレードが低い受精卵で、今回の移植は見送る、という選択肢も医師から提案されたほどだった。
「それでもせっかくだから」とダメモトでの移植だったからかもしれない。今回の優は、いつものようにフライングで妊娠検査薬を何度も試したりすることもなく、のんびりと構えていた。
テキスタイルデザイナーの優と、化学メーカー勤務の亮介の共通の趣味は、グルメだ。なかなか上手く進まない不妊治療に若干の疲れを感じていた2人は、「今回ダメだったら有名レストランで大奮発をしよう」と楽しみにしていたほどだ。
和食好きな優は銀座の名店『鮨 よしたけ』に行きたいと言い、ワイン好きな亮介はモダンフレンチの『カンテサンス』に行きたいと主張し、まったく話がまとまらない。
結局、治療をメインで頑張っている優の意見を尊重し、どうにかツテをたどって『鮨 よしたけ』の予約を入れたところだった。
「あ!そういえば、生魚も妊婦は食べないほうがいい?『よしたけ』キャンセルすべきかな?」
夜、寝室でうとうとしかけたところで、急に隣のベッドで寝ている亮介がそう言った。
「そうだね。大丈夫だと思うけど…待ちに待った妊娠だし、今回は見送ろうか。楽しみだったけど、せっかくならお酒も飲みたいしね。赤ちゃんが無事に生まれてからの楽しみに取っておこう」
眠りに落ちそうになりながら、優はそう答える。
「でも、子供ってお寿司は何歳から食べられるのかな?ハードル高くないか?家族連れだったら、イタリアンとかが多くなるのかな。あーでも、『プリズマ』とかはかなり大きくなってからじゃないと行けないだろうな。そもそも、子供って和食と洋食のどっちが好きなのかな。…なあ、優」
嬉しそうに語り始めた亮介の言葉を、夢見心地でぼんやりと聞く。
「亮介。赤ちゃんに、直接聞いてみたら?」
「え?」
亮介は、たどたどしい手つきでそっと優のお腹に触れた。
「世界で一番大切にするから、元気に生まれて来いよ」
その言葉に安心し、幸せな気持ちに包まれ、優は眠りに就いた。
(年齢は私のが1歳上ですが)
会社は不妊治療してること知ってるから、妊娠したって言うか迷ってましたが、やっぱり早いですよね。朝一読んで良かった!笑
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