「あの!先生、どうもありがとうございました!ここまで来ることができたのも先生のおかげです。先生を信じてついて来て、本当に良かったです!感謝してもしきれません!」
医師は、少々面食らった様子で優のことをちらりと見る。優の勢いに圧倒された看護師が思わず笑った。それに釣られて、医師も少し微笑んだように見えた。
優はようやくじわりと、喜びを感じる。
―本当に赤ちゃんがいるの?
帰り道、歩きながらそっとお腹に手を触れる。
まるで妊婦ごっこをしているようで、その行動がまだ少々気恥ずかしい。
―妊婦さんみたい…じゃなくて、私今、妊婦なんだよね。
まだまだ、まったく安心できない妊娠4週目だが、それでも病院へ向かうときに見た空とは、まるで違って見えるのだ。
優が母になってはじめて見た空は、どこまでも青く、澄み渡っていた。
「おかえり。どうだった?」
パソコンに向かいながら帰宅した優のことをちらりと見て、夫の亮介はそう言った。
土曜日なので、亮介は自宅マンションにいる。「今回はダメだと思うから、絶対に期待しないで。検査結果も一人で聞きにいく」と数日前から念を押して伝えていたので、亮介も優の言葉を真に受けて、のんびりと構えている。
「妊娠してた」
もう少しドラマティックな伝え方や、おしゃれな言い回しがあるのではないか。口に出してからそう気づくが、時はもう遅い。
優の口から出たのはあまりにもストレートな報告だった。だいたい優本人でさえまだ実感がわかず、うまく感情を乗せることができないのだ。
「え?!!本当?!」
「嘘は言わないよ」
無意識のうちに診察室で聞いた医師の言葉を再現してしまい、優は思わず笑ってしまう。その様子を見て、亮介は困ったように首を傾げた。
「亮介、何でそんな顔してるの?」
「なんか実感わかなくて。うまく言葉がでないな。とにかく、おめでとう。おめでとうで、いいんだよな?」
「おめでとう、で大丈夫。ただ、まだ安心するには早いのよ。陽性反応が出ただけで、胎嚢の確認もまだだし、心拍だって…」
亮介はうんうんと頷くと、照れ臭そうに頭を掻き、パソコンを閉じた。
「優が、絶対に妊娠してないって言い切るから、全然心の準備してなかったよ。すごく嬉しいんだけど、どう喜べばいいのかわからない」
「たしかに、私も同じ。一息つこうかな。コーヒーでも飲んで…って、コーヒーはもうダメだよね」
「そっか、カフェイン…。紅茶もダメなんだっけ?」
「そうだね。私はルイボスティーにしておく」
「あとでデカフェのコーヒー豆も買いに行ってくるよ」
優と亮介は、二人であたふたしながらも、静かに、少しずつ幸せを噛み締めていた。
結婚5年目で、お互い33歳。
仲の良い夫婦ではあるが、最近は異性というより親友のような感覚が強く、抱き合って喜ぶような場面でなんともいえない気恥ずかしさを感じてしまう。
1年半に渡る不妊治療の末に、優と亮介は待望の、尊い命を授かった。
この記事へのコメント
(年齢は私のが1歳上ですが)
会社は不妊治療してること知ってるから、妊娠したって言うか迷ってましたが、やっぱり早いですよね。朝一読んで良かった!笑