新しい命をお腹に宿し、赤ちゃんとともに過ごす十月十日。
女性だけが味わえる、とても神秘的で尊い、特別な日々だ。
花冠をつけて、マリア様のようにやわらかく微笑むマタニティーフォトの裏側には、さまざまな物語がある。
不妊治療、つわり、切迫流産、早産、体重管理、噛み合わないバースプラン。
ホルモンバランスで乱れる情緒に、産後の不安。
たくさんの笑顔と涙に彩られるマタニティーライフ。
あなたに会える、その日まで。
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市川優は、独立したばかりのテキスタイルデザイナー。結婚5年目の33歳だ。
優も、同い年の夫の亮介も、これまで仕事一筋。子作りについて真剣に考えてこなかった二人だったが、それにしてもなかなか子供を授からないことが気になりはじめて…
「今回の検査結果ですが、陽性反応が出ています」
思いもよらない言葉に、優はすっとんきょうな声を上げてしまった。
「え??本当ですか?」
目の前に座る無愛想な男性医師は、ニコリともせずにこう反応した。
「嘘を言うはずないでしょう」
たしかに、その通りだ。ただ、優は今回は…いや、今回もどうせダメだと思っていたのだ。
それに、一般の婦人科だったら「おめでとうございます。ご懐妊です」などと言われるのではないだろうか。検査結果のみを伝えるあくまでも事務的な口ぶりに、一瞬何を言われているのかわからなかったのだ。
今日は、まるで期待せずに迎えた3回目の体外受精の妊娠判定日。不妊治療界隈では名医と名高い院長だが、この無愛想さがどうにも苦手で、今日を迎えるのがただただ気が重たかった。
現状、ホルモン数値としては陽性ではあるが、まだ4週目と時期が早くエコーで確認できる段階ではないこと。それまでホルモン値を安定させるための服薬を続けて、胎児の心拍が確認できてからやっと不妊治療クリニックの卒業となることなどを事務的に伝えられたが、まだ夢を見ているようでぼんやりとしか頭に入って来ない。
「…というわけですので、今後の通院のスケジュールなどは看護師から説明を受けてください」
優は、ぽかんとしたまま医師の顔を見つめ、看護師に促されるまで診察が終わったことにすら気づかなかった。
「お大事に」
目も合わさずにぼそっとそう言った医師に向かって、優は立ち上がらんばかりの勢いでこう言った。
この記事へのコメント
(年齢は私のが1歳上ですが)
会社は不妊治療してること知ってるから、妊娠したって言うか迷ってましたが、やっぱり早いですよね。朝一読んで良かった!笑