2019.08.22
聖女の仮面 Vol.1日曜日、六本木の『オークドア』に恵子が到着した時、まだ誰も来ていなかった。緊張して、約束より15分も早くついてしまったのだから、当然だ。
―絹香、どんな風になってるのかな。
高校時代、恵子と絹香はよく似ていると言われていた。
おっとりした話し方や、少しふくよかな体型。左目の泣きぼくろまでお揃いだったので、何度か間違われたこともあるくらいだ。
昔の絹香の姿を思い出しながら、ふと、大きな窓ガラスに映る自分の姿をチェックする。
あの頃より大分痩せたとはいえ、Aラインのノースリーブワンピから覗く腕のたくましさにげんなりし、バックからカーディガンを取り出すと、肩に羽織った。
「恵子、早いねー!」
5分ほど経つと、セレクトショップの紙袋を持ったさくらが現れた。どうやら、買い物をしてからきたらしい。
「いつもどおり、萌は遅れるってさ。…子持ちって大変よね。」
グループラインには何も来ていなかったので、さくらに個人連絡したのだろう。さくらは肩をすくめながら恵子の方を見遣ると、バッグから小さなポーチをとりだした。
「あー、絹香に会えるの超楽しみ!夜逃げみたいに消えちゃったから、あの時のこともいろいろ聞きたいし、今日を機会にみんなで遊べるようになったらいいよね。
そういえば結婚してるのかな?あの子。既に子供もいるかもね。昔、萌と絹香と、将来の子供の名前考えたのが懐かしいなー。」
口紅を塗りながら、さくらは器用に話し続ける。
自分だけが知らない絹香との思い出話に、恵子は黙って微笑むことしかできなかった。
メニューを見ているふりをしながらも、恵子は店の入り口が気になって仕方がない。それはさくらも同じようで、「あれかな?…違うか」と先ほどから何度も口にしている。
「…ねえ、実は私、あんまり絹香のこと知らないの。1年しか一緒に居なかったし。絹香って中学の時どんなだったの?」
ソワソワした気持ちを少しでもほぐそうと、恵子はさくらに質問した。
「そういえば、そうだよね。絹香と恵子ってすっごい似てたから、なんだか恵子が中学からいた気になっちゃう。絹香は中学のころから頭良くて、確か入学式で代表挨拶してたかなあ。…というか、そろそろ時間じゃない?」
その指摘に恵子が顔を上げた瞬間、向こうから歩いてくる一人の女性に目を奪われた。見るからに上質な服に身を包み、頭のてっぺんから爪先まで手入れが行き届いているような、洗練された女性だ。
ーわあ…。なんて綺麗な人。スタイルも良くて、モデルみたい…!
ふとその女性と目が合うと、驚くべきことにこちらに向かって手を振り、小走りでこちらに近づいてくるではないか。
「え、ちょっと…嘘でしょ。」
さくらが、驚きの声を上げ、その場に立ちあがる。恵子は言葉を失って、口元を手で覆った。
「さくら、恵子、久しぶり!うわー懐かしい!」
「き、絹香…?」
完璧な笑顔で頷いた美女は、立ち上がったさくらを慣れた様子でハグする。そして、その笑顔のまま、次は恵子の方に手を大きく広げた。
「恵子!会えてうれしい!」
至近距離で見るこの絶世の美女に、あのころの面影など、ほとんどない。
そっくりと言われていた恵子と絹香だが、ガラスに映る二人の女性は似ても似つかないのだから。
ー本当にこの人、絹香なの?
ハグを終えた目の前の美女は、乱れた前髪を手ではらう。その時、見覚えのある泣きぼくろが、確かに見えたのだった。
▶NEXT:8月29日 木曜更新予定
絶世の美女に変貌を遂げていた絹香。一体彼女に、過去何があったのか…?
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