中高一貫校である聖陽女学院では、その生徒のほとんどが中学から入学する。高校から入学した恵子は、卒業から10年経った今でも、中学からの内部進学組である萌やさくらに遠慮を感じてしまう。
例えば、先ほど炎天下からクーラーの効いたリビングに戻った途端、さくらがソファに座り込み、「暑かった」と文句を言った。それに対して萌は笑いながらアイスティーを差し出したのだが、そんな簡単なやりとりが、恵子にはできない。
文句を言ったり茶化したりしたら、嫌われてしまうかもしれない。高校に入ってすぐに感じたそんな不安が、今でも心の底にこびり付いているのだ。
「投稿して30分で、もう200いいね付いた!クッキーのおかげだよー!ありがとー!」
先ほどべランダで撮ったばかりの写真が、多数のハートマークを獲得していることに、萌は興奮気味だ。画面の中では、恵子が手土産に持ってきた『村上開新堂』のクッキーを、女たちが笑顔で囲んでいる。
「"いいね"が他の人から見えなくなるってニュース、聞いたでしょ?もう非表示になってる人もいるみたい。だから、写真とハッシュタグがより一層重要なんだよねえ。」
「役に立てたなら良かった!また予約しとくね。」
萌は「ありがとー」と恵子に微笑むや否や、「で、どうなの。さくらの婚活話、聞かせてよ。」と、さくらの方へぐっと身を乗り出した。
行政書士として新宿の事務所で働くさくらは、今年に入ってから急に婚活に精を出し始めた。
もともとキャリア志向で結婚には興味がないと豪語していたのに、同じ事務所の独身の先輩が大病にかかった際、自分の身にもいつか同じことが起こったら、と急に不安になり、独りで生きていくことに恐怖を覚えたそうだ。
「それが、なかなか条件に合う人っていないのよ。27歳の資格有りの女ならまだ需要あるだろうって思ってたんだけど、私が甘かったわ。…あーあ。選びたい放題の恵子が羨ましい。」
「わかるー!次から次へとお坊ちゃんから求婚されるなんて…贅沢だよー!」
二人のじっとりとした視線に、恵子の背中はぞわっと寒気立つ。
恵子の家は、老舗食品会社の創業家だ。
一人娘を思ってか、「30歳までには結婚を」と焦る両親が、最近は毎月のようにお見合いを組んでくる。そのことが、恵子の目下の悩みであった。
ただし、婚活中のさくらや、子育て真っ最中の萌からすると羨ましい境遇のようで、いつもこうやってからかわれてしまい、対処に困るのだった。
「そ、そんな、求婚なんかじゃないよ。親が焦ってお見合い乱発してるけど、それこそ変な人ばっかりだもん。…大恋愛で結婚した萌や、キャリアウーマンのさくらの方がよっぽど羨ましいし、素敵だよ。」
恵子の弁明にさくらが反論しようと何かを言いかけたが、萌の「あれー?」という大声によって、かき消された。
「この人、私たちのこと知ってるみたい。…メッセージで、久しぶりだって。」
この記事へのコメント
10年前消えた子の目的って、なんだろう。誰かへの復讐とか…?
続きが楽しみな連載。