藤田が出会った理想の女
ー1年前
その日は11月だというのにまるで春のような陽気だった。だが、藤田の気分は重い。
せっかく、予約の取れないことで有名な『カンテサンス』の席を手に入れたというのに、藤田と約束していた沙耶華というモデルの女が、朝一番に断りの連絡を入れてきたからだ。
人形のように整った、しかし人工的でない顔立ちに惹かれて食事に誘ったのだが、約束を反故にするなんて、この店の価値がわからないか、もしくは飽きるほど訪れているのだろうか。
『カンテサンス』のようなグランメゾンに、男1人で入るのは気が引ける。
予約は明日の夜だ。誰を誘おうかと考えあぐねいてた藤田は、友人の中でもとにかく女好きな田村という男に声をかけた。
田村は、唸るほど金を持っている男達の主宰するホームパーティに美しい女達を連れていき、その両方から重宝されているような男だ。
相手探しも兼ねて、ちょうど今夜六本木一丁目のタワーマンションで開催されるという集まりに、混ぜてもらうことにした。
そこで、出会ってしまう。
部屋に入った途端に、こちらを射抜くように見つめる目と、目が合った。
左右対称な、形の良いアーモンドアイ。さらに、藤田の理想通りの、すっと通った鼻筋を持った女に、藤田はどうしようもなく惹かれていた。
ややぽってりとした唇は、乾燥しているのか少しひび割れていたが、藤田は構わない。
髪はバッサリと短く、全体的に化粧っ気がなかった。華奢な体つきで、脚などはまるで少女のように細い。 DJや給仕係がいるような今夜のホームパーティに、あまり馴染んでいないように見える。
他の女には目もくれず、藤田は目の前の女に声をかけていた。
「僕は、藤田直樹と申します。僕と一緒に、明日の夜『カンテサンス』というレストランに行ってくれませんか。絶対に後悔はさせません。約束します。」
これが藤田と、妻・絵里子の出会いだった。
自分でも、何故突然こんな誘い文句を口走ってしまったのだろう、と後悔した。だが、慌てて名刺を差し出すと、絵里子は両手でそれを受け取り、意外にもすんなりと食事に行くことを承諾しれくれた。
「このレストランはね、シェフのおまかせコースのみしか提供していないんだよ。縁がなければなかなか予約の取れないフレンチレストランで、内装もとっても素敵なんだよ。きっと、君の気に入ると思うよ。」
承諾してもらったことが嬉しく、興奮してレストランについて語ると、絵里子はツンとすました顔で答える。
「私、そんな高級なところ、あんまり行かないんです。ナイフやフォークの使う順番も不安なくらい。間違えてたら嫌だから、教えてくださいね。」
自信がない、と言いながらも、そう話す絵里子の表情は全く物怖じしていない。
その表情に、藤田は一瞬で心を掴まれてしまう。
だが次の日の夜、絵里子は結局店には現れなかった。
焦って電話をすると、うっかり寝ていた、と悪びれず答える。
「ごめんなさい」とか「今から急いで行くわ」などとは言わない。それでいて妙に落ち着いた態度なので、こちらもどうしたら良いかわからない。
こんな失礼な女にはもう会わなければ良い、と思いながらも藤田はどうしても絵里子ともう一度会わずにはいられなかった。
こうして、藤田の受難の日々が始まったのである。
▶NEXT:11月3日 金曜更新予定
藤田の妻、絵里子は一体どんな女なのか?
※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。
この記事へのコメント
そうやって結婚した人の20年後知りたい
NTTは、給与が地方公務員レベルだから実家の資産ありきでないとまともに子供の教育もできないレベル。そういう意味でこの主人公は恵まれてるわねー。