「美しさ」至上主義の男
藤田は、幼い時からとにかく美しい女が好きだった。
彼にとっての、女性を”美人”たらしめるものは、性格の可憐さであるとか従順さ、匂い立つような色気といったものとは一切関係がない。
彼にとっての美とは、すなわち「造形の美」である。
顔立ち。肌の質、艶、手入れの具合。
目は大きすぎても小さすぎてもいけない。変に垂れすぎていても、猫のようにつり上がりすぎても気にくわない。
鼻筋に至っては完璧に好みの形があり、いくら美形でも特徴のありすぎる鼻は論外だ。
だが唇は、逆に主張がキツイくらいが良い。
と、こんな調子で女を値踏みするものだから当然、妻の絵里子と出会うまでは女性に真剣に向き合ってきたとは言えない。
藤田は好みの顔立ちの女を見つけては、ありとあらゆる手を使って、それは情熱的に口説いた。
花やアクセサリーを贈り、煩いほど彼女達の美しさを褒め称える。
そうすると、初めは藤田を煙たがっていた女達も、次第に彼に心を開いていくのだ。
藤田は知っていた。女は、絶えず自分を褒めちぎる男を決して嫌わない、ということを。
だが学生の頃などは、その情熱が仇となることもあった。
一目惚れした相手の通う女子高の最寄り駅で、一目だけでも彼女の顔を見ようと、毎日待ち伏せしていたら「怖い」と言われてしまったのだ。
藤田のこの異様な「美」へのこだわりの片鱗は、彼が大人になってからも続き、その情熱がしばしば相手を困惑させるほどであった。
だが、彼は同時に大変な美食家でもある。
大人になり、給料の他に不労所得を得ている藤田は、連れて行けば誰もが喜ぶような名店ばかりを馴染みにし、食事の間じゅう女を褒めちぎるため、女達から嫌われはしない。
が、熱烈に愛されもしない。
そして藤田の方でもまた、そんな女達を心から愛していたわけではなかった。
彼が愛していたのは、女の外見と、その女達と共にする食事の時間だった。
相手から呆れられて去られても、特段心が傷つく、といったことも無かった。
しかし、この藤田がただ一人、唯一心を乱された女がいる。
それが、現在の妻である絵里子だ。
この記事へのコメント
そうやって結婚した人の20年後知りたい
NTTは、給与が地方公務員レベルだから実家の資産ありきでないとまともに子供の教育もできないレベル。そういう意味でこの主人公は恵まれてるわねー。