2023.05.19
SPECIAL TALK Vol.104
睡眠時間は4時間。外科医はハードワーク
金丸:先程、生活圏が半径1キロとおっしゃいましたが、やはり相当お忙しいんですか?
大木:朝はだいたい6時に起きます。7時過ぎから朝の会議が始まり、その後はたいてい手術。手術が何時に終わるか分からないので、ランチという概念がなくなっちゃいました。だから東京カレンダーでも「ランチ特集」はやめてほしいなと(笑)。
金丸:ということは、朝晩2食の生活ですか?
大木:いや、朝はブラックコーヒーだけなので、一日1食ですね。
金丸:健康に悪そうな気がしますが。
大木:それが実は、興味深い研究があるんです。カロリーオーバーのサルと、カロリーが足りないくらいのサルを比較してみたところ、カロリーオーバーのサルの方が毛は抜けるし、皮膚はシワになるし、早く死ぬという結果になったんです。
金丸:たしかに、太っていていいことはあまりないですからね。
大木:もうひとつ、ちょっと足りないくらいのカロリーを一日3回に分けて食べさせるのと、同じカロリーを一日1食で与えた場合、なんと一日1食のサルの方が長生きするんですよ。
金丸:そうなんですか。ワインのブドウを連想してしまいました。雨が少なくて、水が足りないくらいの気候の方が、ブドウが甘い実をつけて、いいワインができます。水不足という危機を感じ取ったブドウは、鳥に種を運んでもらうために実を美味しくするそうです。
大木:先ほどのサルの実験結果は、サーチュインという長寿遺伝子が長時間の空腹でスイッチが入るからであることが後の研究で分りました。空腹を含め、ちょっとストレスがあるくらいの方が生き生きするのは、動物も植物も同じなのかもしれませんね。
金丸:しかし、朝食抜きで手術に臨むって、よく体力がもちますね。
大木:いつも夜の10時から12時くらいに、まとめてドカッと食べるし、睡眠時間が3〜4時間と短いせいで、朝起きても胃がもたれていて(笑)。
金丸:じゃあ、理論的に一日1食にしていたわけじゃなくて、単に忙しかったからそうなったと。サルの実験結果が正当化に使われてる(笑)。
大木:ご指摘の通りです。僕も長生きしたいために、一日1食にしてるわけじゃないですから。
金丸:いきなり面白い話が飛び出して、脱線してしまいました。ところで、お生まれはどちらですか?
大木:高知県のいの町(旧・伊野町)です。高知市から西に30キロくらい、「仁淀ブルー」で知られる日本一の清流、仁淀川のほとりにある、人口2万人ちょっとの町です。和紙も有名なんですよ。
金丸:ご実家は医者一族ですか?
大木:それがまったく。一族では僕が初です。
金丸:ご両親はどんなお仕事を?
大木:父は、三井物産に勤めていました。
金丸:あれ?三井物産と高知というのが結びつきませんが。
大木:それがいろいろと事情があって。順を追って話すと、まず母が高知出身で、高校まで高知で育ち、短大進学で東京に出てきました。まあ花嫁修業、お婿探しですね。そこで、東京大学卒、三井物産勤務の父とお見合い結婚しました。
金丸:見事に修業の成果が(笑)。
大木:僕には兄がいますが、兄は東京で生まれました。そして、次男である僕を母が身ごもったとき、母方の祖父が「次男は高知で産め」と。
金丸:里帰り出産ですね。
大木:祖母は僕が生まれる前に亡くなっていて、祖父は大きな屋敷に住み込みのおばさんとふたりで暮らしていました。
金丸:では、寂しかったのかもしれませんね。
大木:それで、僕が無事生まれると、祖父は「置いていけ」と。
金丸:えっ!?
大木:だから、僕は高知生まれの高知育ちなんです。
人びとに愛される祖父から薫陶を受けた幼少期
金丸:さらっとおっしゃいましたが、お母様は東京に戻られて、大木さんだけが高知に?
大木:はい。両親も兄も東京で、僕だけが高知。母と会うのは月に1回くらいでした。
金丸:そんな生活がどのくらい続いたんですか?
大木:4歳までです。母が会いに来たとき「お風呂に入るわよ」と言ったら、僕が「やだ。わかちゃんとじゃないと入らない」と嫌がったそうで。わかちゃんっていうのは、住み込みのおばさんなんですが。
金丸:月に1度しか会わなければ、そうなりますよね。
大木:それで母が危機感を覚えて、4歳のときにあわてて東京に連れて帰りました。
金丸:おじい様はどんな方ですか?大きな屋敷ということは地元の名士?
大木:造り酒屋で、商売もやっている人でしたが面倒見が良く、村長みたいな位置付けでした。地元の農協が財政破綻したとき、ポケットマネーで支援するような人で。
金丸:いきなり「孫を置いていけ」と言う人だから、正直、怖い方かと思っていましたが、素晴らしいじゃないですか。
大木:それで、祖父に感謝した農家の皆さんが、どうにか恩返しをしたいと。だけど、お金はない。考えた結果、「県会議員になっていただこう」って。
金丸:お金はなくても投票権はある。感謝の印として政治家になるなんて、最近ではめったに聞かない、いいお話ですね。
大木:祖父は本当に愛された人でした。「社会的に弱い立場の人にこそ頭を深く下げなさい」「社会貢献や人に喜ばれることは尊いぞ」というのが口癖で、自分もちゃんと実行している人でしたから。
金丸:最近の政治家にも見習ってもらいたいですね。高知から引き取られて、その後はずっと東京だったんですか?
大木:それが父の仕事の都合で、小学校入学時にロンドンにわたり、その後はベルギーのブリュッセルで過ごしました。日本に戻ってきたのは、中学2年生のときです。ただ、夏や冬の長期休暇に合わせて、祖父から日本行きの航空券が送られてきて。
金丸:顔を見せろ、と。
大木:それで僕と兄はふたりで、ヨーロッパから高知まで空の旅を。
金丸:当時、日本人の子どもがふたりで国際線に乗るなんて、相当レアだったんじゃないですか?
大木:だから、だいぶサービスされましたね。キャビンアテンダントさんにはちやほやされ、コックピットにも座らせてもらいました。でも、僕が7歳のとき、祖父は62歳で亡くなりました。
金丸:62歳。お若いですね。
大木:祖父の葬儀は、高知県史上最大といわれたほど立派なものでした。なにせ葬儀の花輪が2キロ続きましたから。
金丸:2キロですか!?
大木:短いながらも祖父と暮らしたからこそ、納得できるんですよ。どれだけ慕われていたのかを知っていますから。
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