2022.10.09
公園の魔女たち〜幼受の世界〜 Vol.12「この子のためなら、何だってしてみせる…」
公園に集う港区の母たちは、そんな呪文を心の中で唱え続ける。
そして、子どもに最高の環境を求めた結果、気づき始めるのだ。
──港区は、小学校受験では遅すぎる…、と。
これは、知られざる幼稚園受験の世界。母…いや受験に取り憑かれた“魔女”たちが織りなす、恐ろしい愛の物語である。
「公園の魔女たち〜幼受の世界〜」一挙に全話おさらい!
第1話:「港区は、小学校受験では遅いのよ」ママ友からの忠告に地方出身の女は…
10月。有栖川公園の広場では、近隣のインターナショナルスクールの親子たちが、思い思いのハロウィーンコスチュームで集まっていた。
その合間を、険しい顔をした紺スーツの母親が足早に通り抜けていく。確かに一瞬、魔女と見間違えてしまいそうだった。
「小学校受験のお教室、この辺は多いみたいだもんね。この子たちが今1歳だから、私たちも、5年後にはあんなスーツを着るのかなぁ」
私は呑気にそうつぶやいた。本当に、何気ない一言だった。けれどその途端、マリエさんがギョッとした様子で身を乗り出す。
「えっ?葉月さん、ちょっと待って。5年後って…。小受は考えてるのに、幼稚園受験は考えてないってこと?」
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第2話:“条件”をクリアした人だけが、入会を許されるお受験塾。勤務医の妻が電話をかけてみたら…
『ほうが会は、45年の歴史を誇る幼児教育の専門教室です…』
そんな文言で始まるホームページは、白を基調にしていて明るい印象だ。
― 電話番号だけ教えてもらっても、雰囲気が分からないと子どもを安心しておまかせできないもんね。
そう思って昨晩ダメ元で検索をしてみたのだが、ホームページがあったことは正直、嬉しい誤算だった。
幼稚園受験という、ハードルの高い世界のことだ。もっと閉ざされた雰囲気を覚悟していたけれど、そうでもないのかもしれない。そのことに安堵した私は、気楽に電話をかけた。
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第3話:入会前に先生へ“お礼”をお渡しするのがお受験塾のルール!?女は、いくら包めばいいかわからず…
ほうが会に入会希望の電話をしてからひと月。結局、今年の試験の結果が出そろう11月中旬まで待つことになったけれど、お受験スーツや華のフォーマルワンピースなども満を持して準備することができた。結果としてはよかったのだろう。
「ねえ、今みんなで食べようよ」
マリエさんは蓋を開け、早速クッキーに手を伸ばす。しかし、敦子さんはなぜか、心配そうな面持ちで私を見つめている。
「お気遣いいただいて本当にありがとうね。そういえば、お教室の先生への“ダイ”も、このクッキー缶?もう少し大きいサイズ?」
「え…?“ダイ”ってなに?」
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第4話:まだ入会前なのに…?合格者を多数輩出するお受験塾の見学で、先生から1歳の娘に下された合否
小さな声でつぶやいた挨拶は、次の瞬間。すぐに予想外の大きな音にかき消された。
「キャーーーーー!!!!」
エントランスから見て左奥に位置する部屋から、空気を切り裂くような子どもの悲鳴が聞こえてきたのだ。
驚いた華が、私の紺色のワンピースの裾をギュッと掴む。私も思わず、華を守るように抱き寄せた。壁一面に貼られた名門幼稚園の合格実績が、脳裏をかすめる。
― あれだけの成績を誇るお教室だもの。子どもがこんな悲鳴をあげるくらい、スパルタ指導なの…!?
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第5話:「早生まれの子は、名門幼稚園に入れない…?」地方出身女が知った、お受験戦争の残酷な事実
― このお教室に通うことができて、本当によかった…!
生命力溢れる水彩画を見つめながら、私は改めて、しみじみとこの幸運を噛み締める。しかしそんな私に向かって、宝川先生は細めた目の奥を鋭く光らせながら耳打ちをする。
「いよいよ今日ね…。ご準備は大丈夫ね?」
「はい。すべて宝川先生のおっしゃる通りに進めています…!」
華の手前、私も笑顔のまま声をひそめて答える。そして、小さく頷く宝川先生を見ながら、5ヶ月前のことを思い返していた。
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第6話:イヤイヤ期を迎えた2歳の娘を、「ママって怖いでちゅね~」とあやす夫。悪者扱いされた妻は…
「華っっっ!」
思わず、刺々しい声が口から飛び出す。「しまった」と思った時にはもう遅く、華は着替え途中のおむつ一枚の姿のまま「ギャー」と叫び声をあげ、床にゴロゴロと転がった。
「華ちゃーん、ママって怖いでちゅね~。華ちゃんはまだ、おむつでいいんだもんね。トイレなんてイヤイヤなんだよね」
騒ぎを聞きつけた大樹が、洗面所から顔を拭きながら出てきて、のけぞる華を抱き上げる。そして、私をたしなめるように言うのだった。
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第7話:義母から嫁へのしかかる“お受験合格”への圧力。そのナーバスな気持ちを逆なでしたママ友の一言
「いや、お試験用の子どものワンピースの話をしてたら…」
話の途中であるにもかかわらず、敦子さんが興奮した様子で加わる。
「うちの子のワンピースがどんなデザインかは、お伝えしてあったでしょ?胸元に百合の花の刺繍って!
わざわざ春前から、個人の仕立て屋さんにオーダーしていたのよ。どうして同じデザインになんてするのよ。もう願書用の写真だって撮っちゃったのよ…っ」
その言葉を聞いて、私は思わずゴクリとつばを飲んだ。
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第8話:幼稚園受験の模擬面接。「ママのごはんは何が好き?」と聞かれて、娘が言った予想外の回答
「篠原華ちゃーん。お父様、お母様、こちらへお越しください」
「あっ、はっ、はいっ!」
まさか誕生日が遅い順に声がかかるとは思わず、心の準備が全くできていなかった私はうわずった声を上げる。勢いよく立ち上がったため、パイプ椅子がガチャンと大きな音を立てた。
「葉月、気をつけろよ」
「ごめん」
小さな声で大樹とやりとりしながら、慌ててパイプ椅子の位置を戻す。そして私は、華と手を繋いで大樹の前に立ち、先生に導かれるまま応接室へと向かった。
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第9話:気まずい関係のママ友から「話がある」と呼び出され…。明かされた衝撃の“ご報告”とは
久しぶりに出向いた有栖川公園は、蒸し暑さが和らぎ、どことなく秋めいた気配が漂っていた。
芝生が敷かれた広場で華が駆け回るのを見ていると、それぞれ別の方向から、同じタイミングで彼女たちがやってくる。敦子さんと翔子ちゃん。マリエさんとエミリちゃん…。
3組で楽しくホタル狩りをして、そして決裂したのは、もう3ヶ月も前のことだ。それ以来、私たちは一度も集まったことがない。
今日ここに3ヶ月ぶりに集合したのは、マリエさんから突然LINEで呼びかけられたからなのだった。
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第10話:幼稚園受験の面接で、名前も言えない我が子…。それでも母が「お受験してよかった」と感じた理由
「もしもし…」
緊張で、うまく声が出なかった。小さく咳払いをして、もう一度スマホに口を近づける。
「もしもし、篠原です。宝川先生、どうなさいましたか?」
何か深刻な事態でも起きたのではないか。そう身構えていたけれど、予想に反して電話越しの宝川先生の声は明るかった。
「華ちゃんのお母様!遅くに失礼いたします。お父様、スリッパ忘れて行かれたんですのよ。次回いらした時でもよろしかったんですけど、もしお急ぎだったらと思って」
「へ?主人が、スリッパを…ですか?」
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第11話:まさか、お受験当日に…?「絶対に合格する」と思われていた名門一家に起こった悲劇
「葉月さん。翔子ちゃんの件、まだ聞いてないの?」
「え…?翔子ちゃんの件って…?」
まったく何のことかわからない私は、とんでもないことが起きていることを感じ取りながらも、まぬけに聞き返す。
「ううん、知らないならいいの」
マリエさんは、はじめはそう言って話を逸らそうとしていた。けれど、しばらくのあいだ考え込んでいたかと思うと、ゆっくりと重い口を開いたのだ。
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