SPECIAL TALK Vol.73

~半導体もワインも同じものづくり。異色の二本柱で挑戦していきたい~

松坂:実は、台湾企業に仕事を取られたときに、すぐに台湾メーカーから電話が来たんです。「今週行くから、そちらの装置を全部うちに売ってくれ」と。大手企業の会長や社長が直接そんな電話をかけてくるなんて、日本企業ではありえない。その決断力とスピード感に驚きました。

金丸:以前、ISDNボートというパソコン部品の製造を台湾メーカーに頼もうとしたことがあります。ところが、どうも話が噛み合わず「ISDNってわかっていますか?」と聞くと「いや、わかっていない。わかっていないけど、私たちに依頼しろ」と(笑)。

松坂:すごい度胸ですね(笑)。

金丸:「なぜなら、これまでやってきた仕事も、最初に取引先と話をしたとき、私たちは何も知らなかった。でも何も知らなくてもできたから、あなたが今言ってるISDNが何かはわからないけど、きっとできるに違いない。だから飛び込め」と言うんです。

松坂:でもそのとおりだと思います。彼らは引き受けたら完遂するんです。

金丸:こんなガッツ、今の日本にはないでしょう。

松坂:日本企業の場合、供給責任を問われるし、保証の問題があるから、ちゃんと工場で生産能力を持ってから受注に動き出します。ところが台湾企業は製造能力がなくても受注して、それから製造能力を持つ会社を買収する。どちらがいい悪いという話ではなく、そもそも文化が違います。

ローカルで長期的目線を持ち、半導体と真逆の世界へ

金丸:半導体業界の熾烈な価格競争から降りることを決めたからには、ほかで稼がなければいけない。そこでワイン事業に進出されたわけですか?当然、勝ち目があると考えて、のことだと思いますが、ワイン事業のどういうところに可能性を感じたのでしょうか?

松坂:資本力や価格競争に左右されずに、ワールドワイドの競争に勝つには、徹底的にローカルにこだわった事業をやったほうがいいと考えたんです。

金丸:それはすごく共感できます。日本で「グローバル競争」という言葉を聞くようになって随分経ちますが、たいていの場合、根本から間違っていることが多い。各国がしのぎを削っているところに、戦略もなく飛び込んでいっても勝てるわけがありません。むしろ、日本は人も自然も文化も、非常に希少価値のある国なのだから、それを武器にしなきゃいけません。

松坂:フランスのワインが急に「テロワール」(気象、土壌、地形、標高などぶどう畑を取り巻くすべての自然環境のこと)を前面に出してきたのも、カリフォルニアワインに負けてきたからですよね。世界中の人たちがカリフォルニアワインを飲んだときに、「あ、ボルドーやブルゴーニュばかりがおいしいワインじゃない」と気づいた。

金丸:そのとき、単に「いや、うちのほうがうまい」と言うだけじゃ負けてしまう。

松坂:だからフランスは、「このワインができる土地はここにしかない」と打ち出した。そうやって付加価値を高めたんです。賢い戦略ですよね。

金丸:土地や気候は唯一無二ですからね。

松坂:私の場合、半導体の世界を見てきたので、なおさらそう感じました。半導体は変化のサイクルがどんどん高速化していて、これまでは15年周期で大きな変化が起こっていたのが、今ではたった5年で陳腐化してしまいます。そこでなんとか頑張っても、価格が安く、人件費の安いところには歯が立たない。デジタル化が進んでからは、装置産業の色合いがますます強くなり、中国だろうとどこだろうと、最先端の装置を買ってくればそれで製造できてしまう、という状況です。だけど、山梨にあるうちのぶどう畑は、半導体の設備と違って、中国や台湾に持っていきようがありません。

金丸:もともとワインが大好きだったとはいえ、まったく畑違いの本業を抱えながら、よくそこまで考え抜かれたなと感心します。

松坂:ワイン造りに乗り出す前に、ある印象深い話を聞いたことも大きかったですね。あるとき、うちの娘が「オードリー」という30年もののコニャックをフランスから持ち帰ってきたんです。おいしかったので、個人で輸入して飲むようになりました。

金丸:松坂さん、お酒については妥協がありませんね(笑)。

松坂:実はそのメゾン(コニャックの醸造所)の息子とうちの娘が友人だったので、彼が日本に来たとき話をしたんです。そのとき彼が「今は父が社長だけど、代替わりしたら、僕は孫のためにコニャックを造ります」と。

金丸:なるほど。30年熟成させるから、世代をまたぐんですね。

松坂:「父は僕の子どものためにコニャックを仕込んでいる。曽祖父のコニャックを父が全部売り切ると、僕に社長が回ってくる。僕は祖父が造ったコニャックを売りながら、孫のためのコニャックを仕込む」と。

金丸:最短だと5年しかもたない半導体とは別世界です。

松坂:そうなんです。よくよく考えてみれば、うちの実家だって、醸造の歴史は一旦途絶えたものの、私も入れればぶどう栽培は4代目になります。

金丸:まったくのゼロからスタートするわけじゃないから、これまでの歴史も、これから先紡いでいく歴史も、長く続けることが武器になる可能性に思い至ったわけですね。

松坂:はい。地域に根ざしていて、未来の成長戦略を描ける業種であれば、長期的な視点に立って人材育成もできるはずだと。

金丸:それでワインに行き着くわけですか。このお話を聞いていれば、「ワイン事業を始めたのは趣味ですか?」なんて、とても言えませんね(笑)。

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