2020.10.21
SPECIAL TALK Vol.73製造業の強みと地域へのこだわりが武器
金丸:しかし、松坂さんはプライベートでワインを造っていたとはいえ委託醸造。当然ながら「塩山製作所」にワイン造りのノウハウはありませんよね。
松坂:ですから、醸造責任者と栽培ディレクターは外部から招きました。まず醸造家は、私の考えるワイン造りに協力してくれる長年の醸造経験のある方で、テロワールをアピールするためにテクニックを駆使する醸造ではなく、ぶどうそのものを最大限に生かしてくれる方でなければいけないと考えました。
金丸:ものすごく高いハードルですが、ちゃんと見つかったんですか?
松坂:サッポロワインの山梨工場長や、サッポロワイン研究所所長を経験した袖山政一さんが来てくれました。
金丸:素晴らしい。志を持って挑戦する人の周りには、やりがいを見出す実力者が集まるものです。
松坂:もう一人、栽培ディレクターは、生食用ぶどう栽培経験者で、地元の勝沼で非常に品質レベルの高い栽培を実践している農家出身の方に加わってもらいました。彼なら土地の特徴を最大限に引き出してくれると。
金丸:ほかは、元半導体工場の技術者のみなさんが担当されているのですか?
松坂:そうです。半導体部門から転属、または2部門にまたがった兼業での配属の2通りです。
金丸:ちょっと気になるのが、「ワイン造りなんてやったこともないし、嫌です」という反発はなかったのでしょうか?
松坂:もちろん、内示して、承諾してもらえた社員だけを配属しています。貯蔵タンクの制御板は、元エンジニアがこれまで身につけた技術を生かして自作してくれました。私自身もテイスティングサーバーを自作しました。買うと高いので。
金丸:それはすごい!「半導体が本業」というのが生かされていますね。ところでMGVsのワインは、アルファベットと数字だけが書いてある独特なエチケットですが。
松坂:商品名がアルファベットと数字の組み合わせですからね。
金丸:これもひょっとして、半導体製造が関係しているとか?
松坂:まさしくその通りです。ワイナリー全体のアートディレクションを、デザイナーの田子 學氏にお願いしたのですが、田子さんはバックボーンにある半導体メーカーとしての歴史を落とし込もうと腐心してくださいました。商品名の最初のアルファベット「K」か「B」はぶどうの品種です。
金丸:Kが甲州、Bがマスカット・ベーリーAですね。
松坂:そうです。そのあとに続く数字はそれぞれ、ぶどうの収穫地、仕込み・原料処理方法、そして製造方法を表しています。たとえば「K538」だと、「山梨県内いくつかの畑で採れた甲州を、フリーランとプレスで搾って、瓶内二次発酵させています」という意味です。
金丸:製品名に収穫地が入っているのがいいですね。
松坂:収穫地は、甲州市の勝沼地区、笛吹市の一宮地区、韮崎市の穂坂地区、山梨県内のいろいろな産地のブレンド、もう少し範囲を狭めた市町村のブレンドという5種類があります。
金丸:それはやはりテロワールに着目して、きちんと打ち出したいという考えからでしょうか?
松坂:はい。山梨県は上空から見ると複合扇状地で、有名なぶどう産地でもいろいろな違いがあります。たとえば勝沼は川沿いの風の通り道に位置する水はけのよい畑ですが、穂坂は標高500メートル前後の丘陵地帯にあり、寒暖差が大きいんです。それぞれの土地の特徴やその違いを楽しんでいただきたいですね。
山梨だからできるワインで、日本にもテロワールを根付かせていきたい
松坂:山梨県の場合、イメージとしてはイタリアに近いと思います。イタリアも標高差があり、いろいろな地域でぶどうが作られていて、たとえば島のほうには、普通だったら「この味、ちょっとおかしいぞ」と思うようなクセの強いワインもあります。そういうワインもその土地で飲むとおいしいんですが、山梨に持ち帰って飲んでみると、どういうわけか合わない。それがまた面白いし、そういうものがその土地土地にあるというのが、やっぱりいいなあと思うんです。
金丸:それこそがテロワールなんですね。松坂さんが使っているぶどうは2種類だけですか?
松坂:はい。山梨の固有品種である甲州と、日本ワインの祖ともいえる人物が生み出したマスカット・ベーリーAだけです。
金丸:先程から、MGVsのワインを何種類かいただいていますが、甲州はともかく、言われるまでマスカット・ベーリーAのワインだとわかりませんでした。今日また、日本ワインのイメージを覆された気分です。
松坂:ありがとうございます。どちらのぶどうも、「おいしいね」「こういうワインもあるんだね」と世界中の人たちに喜んでいただけるようにしたいです。まだまだいろいろと模索中で、うちのマスカット・ベーリーAについても、「面白い」という声もあれば「特徴を消しすぎている」と言われることもあります。
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