「え?」
美優紀の視線も釘付けだった。
「うそでしょ。まさか7年前のドレスってこと?」
「7年ってことないよ。…でも…」
翔子は口をつぐむ。
考えたくないけれど、このドレスを買ったのが、5年前に呼ばれた元同僚の結婚式のときだった。少なくとも5年以上の月日が経っているのだから、7年前は言い過ぎだと思ったがさほど大差ないのかもしれない。
「翔子…。旦那さん稼いでるんだから、ドレスくらいおねだりしなさいよ」
「え。でもこれ気に入ってるし、結婚式に呼ばれる機会もそうないし…」
「まさか経済的DV受けてるわけじゃないでしょ。たまにだからこそ、おしゃれしないと」
楽しかった気持ちが一気に消え失せ、胃が痛くなってきた。
玲奈は妊婦、美優紀も小さな子どものママなのに、最新のトレンドのワンピースを身にまとっている。年相応かつスタイリッシュな装いで、こなれている感じもある。
一方、自分はどうだろう。
当時は大人っぽいシックさが気に入っているネイビーだったが、34にもなって着ると、お受験のお母さんのようではないだろうか。
ふと指先に視線を落とすと、出がけに急いで塗ったパールホワイトのネイルは、よれているところもあって惨めな気持ちを煽る。
張り切って付けてきたつけまつげも、ラメのアイシャドウも、パールがかったベージュピンクのグロスも誰もしていない。
玲奈も美優紀も、色味を押さえたシャープなメイクに濃い色の口紅をくっきり描いていた。
―あれ?なんか私…違う?
そして、ハッと気がついたのだ。
ーもしかして私だけ…おばさんになってる?
翔子が青ざめていると、玲奈と美優紀は行こうと促した。
「そろそろ始まるよ。あとでゆっくり子育ての話聞かせて。先輩」
翔子は慌てて笑顔を作り、頷いた。
そのときだった、後ろからまた「翔子」と呼ぶ声がする。
一瞬ドキッとする自分に驚いた。慌てて取り繕うように振り向いて、元気に返事をする。
「…潤!久しぶり。潤も呼ばれてたの?」
「悪いかよ。最高のチームだったから当然だろ。な、玲奈と美優紀も」
そう。あれは少し遅い青春の日々。
20代の若者たちが一丸となって、外資系インテリアブランドの日本展開を成功させたのだ。
夜遅くまで仕事をし、さんざん遊び、実績を上げ、青春を謳歌した。
翔子にとって潤は、戦友であり、元カレだ。
「潤、おじさんになったね」
気まずさと懐かしさが混ざり合って、わざとからかうようなことを言った。だけど本当は、潤は相変わらず若々しく、すらっとしてかっこよかった。
「お前もな、とは言わないぜ。俺は紳士になったんだ」
潤はそう言うと、自分の発言がおかしかったのか無邪気に笑う。
その瞬間、時代遅れのワンピースも、ボロボロのネイルも、何もかも恥ずかしくなって逃げだしたくなった。
―母親だからって自分に言い訳していたけど、玲奈と美優紀だって同じ母親なのに全然違う…。
足が痛いことも重なって、翔子は重い足取りでチャペルへと向かうのだった。
▶NEXT:12月4日 水曜更新予定
披露宴会場で聞く、それぞれの活躍。憧れの女上司は起業し、社長になっていた。それを聞いた翔子は…?
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この記事へのコメント
母親が母親らしくあるのはひたすら自分を犠牲にすることでもあるんだと思った。だから「母親はこうあるべき」なんて偉そうに、軽々に言っていい言葉じゃないんだよね。