いつまで経っても、女は女でいたいー。
それは、何歳になっても、子どもができてママになっても、ほとんどの女性の中に眠る願望なのではないだろうか。
いつまでも若々しくいたいという願いや、おしゃれへの欲求、それに少しのときめき。自由やキャリアへの未練。
そんな想いを心の奥底に秘めながら、ママとなった女たちは、「母親はこうあるべき」という世間からの理想や抑圧と闘っているのだ。
出産を機に仕事を辞め、専業主婦として毎日を過ごす川上翔子(34)。
夫と一人息子と、幸せな毎日を送っていたはずだったが、元同僚の結婚式に呼ばれた日を境に、彼女の人生が再び動き始めるー。
「ねえ。航太。…航太ってば。先に手を洗ってらっしゃい!」
翔子は、小学校1年生の息子・航太を、追いかけまわしながら小言を言う。
航太は、サッカーの練習から帰るなり、泥だらけでリビングではしゃぎまわっているのだ。
「やーだね!おやつ食べる。ポテトチップスが食べたい!」
「ダメ。お腹いっぱいになってご飯食べなくなるでしょ」
翔子が追いかけてくるのがおもしろいのか、航太は鬼ごっこのつもりになって、すっかりテンションが上がってしまっている。
ーそれにしても…。
息子が喜ぶといって、酔っぱらってはポテトチップスやチョコレートを買ってくる夫の圭一の配慮のなさに、うんざりとため息を吐いた。
翔子は、おやつも食事もしっかり考えて、プランの中で与えている。愚痴の一つでも言いたくなるが、連日深夜帰りになるほど仕事が忙しい夫とは、日常生活についてじっくり話す時間もないのが現実だ。
「ママ―」
いつのまにか航太は服を脱ぎ、パンツ一丁で舌を出している。
「なんで脱いでるのよー!」
「きゃははは!」と楽しそうに笑う航太を捕まえて、そのままお風呂に入れてしまおうと抱え上げた。ふとした瞬間に、こみ上げる幸せ。こうやって息子を抱き上げられるのもあと何回だろう。
―お風呂はいつも通りタイマーでわかしてあるし、ごはんの準備もOK。無水鍋で調理中のスペアリブは、お風呂から上がるころには出来上がっているよね。
そこから寝るまでの段取りをシミュレーションするが、プランは完璧。きっと予定通り進むはず。
専業主婦の翔子にとって、段取り通りに家事が進むことは何よりの喜びだ。
―航太が寝た後、今日は『ユーゴアンドビクトール』のマカロンを食べるんだ。
(※こちらの店舗は、現在閉店しております。)
家事も育児も手を抜かずにやっているつもりだ。そんな中、金曜夜のささやかなぜいたくが、お気に入りのスイーツを食べること。
ただし、夜中のスイーツは着実に翔子の“身に”なっていた。
―明日の里香の結婚式、ドレス入るかな…。
そっと脇腹の肉をつまんでみる。
妊娠を機会に退職して、もう7年が経とうとしているが、明日は元同僚の結婚式に招待されているのだ。
―明日皆に会えるの楽しみだな…。皆、元気かなあ。
翔子は、新婦やゲストたちとの久々の再会に胸を高鳴らせた。
この記事へのコメント
母親が母親らしくあるのはひたすら自分を犠牲にすることでもあるんだと思った。だから「母親はこうあるべき」なんて偉そうに、軽々に言っていい言葉じゃないんだよね。