2019.06.23
200億の女 Vol.1ホテルの3階、宿泊客しか利用できないカフェに向かった。そこに馴染みの顔を見つけて声をかける。
「François!(フランソワ!)」
「Madame, cela fait un moment que nous ne vous avions pas revu. En déplacement professionnel ? (マダム、お久しぶりです。今回はお仕事ですか?)」
私のスーツを見て、判断したのだろう。このホテルに何十年も勤め、今はレストランとカフェの責任者でもあるフランソワは、私が幼い頃からの顔なじみだ。父がこのホテルを気に入っていて、家族旅行で何度も訪れていることは部下の富田にも言っていない。
「Oui, effectivement. Je ne séjourne pas à l'hôtel cette fois ci mais pourriez-vous me préparer une table ? J'ai un rdv par la suite.(ええ、そうなの。宿泊していないのだけれど、席を用意してもらうことはできるかしら?この後このホテルで打ち合わせなんだけど、少し時間が空いてしまって))」
「Bien sûr. Par ici, s'il vous plaît (もちろんです。こちらへどうぞ)」
うやうやしく対応してくれるフランソワにお礼を言い、その後についていく。出張の経費では、到底このホテルに泊まることなどできない。社長である父は私を普通の社員と同じように、もしくはそれ以上に厳しく接したし、私もそれを望んでいる。
そもそも私が社長の娘だと公表されたのも、つい最近のことで、それまで一緒に働いていた同僚たちは、私の素性を知って本気で驚いていたのだから。
フランソワが用意してくれたのは、テラス席だった。広くはないけれど、全ての席から地中海を望むことができる。日は眩しすぎず、風が心地よい。ロゼシャンパンを飲みたい気持ちを抑えて、カプチーノを頼んだ。
腕時計の針は14時過ぎを指している。ということは日本は21時で、娘の愛香(あいか)はお風呂に入ったか…早ければもう、眠ったかもしれないけれど。
声が聞けたら聞きたいな、と携帯を取り出したとき、LINEの着信が。それは夫の大輝からで、開くと動画だった。
「ほら、愛香、ママにお休みなさい、って言って」
「ママーおやすみなさぁい」
「お仕事頑張ってね、は?」
「おしごとがんばってねーーー。ママだいすきだよーー」
小さな手で眠そうに目をこすっているのに、一生懸命カメラに笑顔を向けてくれるその仕草が愛おしくて、ホッと気が緩む。まるで私の思いが見えているかのように、いつも先回りして優しい連絡をくれる夫に感謝しながら、LINEの返信をしようとしたときだった。
「日本の方ですか?」
声の主は、隣の席に座っていた男性だった。私が戸惑っていると、彼は、私が手に持っていた携帯を指差しながら言った。
「今、日本語が聞こえた気がして」
「あ…すみません、音、ご迷惑でしたでしょうか?」
動画の愛香の声は、小さくはなかったし、この静かなカフェでは無作法だったかもしれない。それに私と彼の席の間隔はかなり近い。配慮が足りなかった、と私が謝ると、彼は慌てた様子で続けた。
「いや、そういうつもりじゃなくて。モナコに滞在してもう1ヶ月近くになるので、日本語が聞こえてきたことが、何か嬉しくなったんです。ここの所、アジア系の方をお見かけしても、中国語ばかりが聞こえていましたから」
男性が、屈託ない笑顔を私に向けた時、カプチーノが運ばれてきて会話が途切れた。
彼は遠慮したように私から視線をそらすと、シャンパングラスを手にとり、海の方を眺め始めたけれど、私は彼の横顔から目が離せなかった。
私は、初対面の人と会話を楽しめるタイプではないし、いつもなら話しかけられたからといって、その相手に特に興味を引かれることもない。
けれど、彼の骨格が…あまりにも美しく整っていたから。
―日本人なのかしら。
【200億の女】の記事一覧
2020.01.12
Vol.31
女を騙して200億を手に入れた男。翻弄され続けた女の、破滅へのカウントダウン
2020.01.11
Vol.30
お金目当てで近づいてきた男と、恋愛は成立するのか?明日で最終話!「200億の女」総集編
2020.01.05
Vol.29
「私のお金が目的でも、彼が好き」初めての恋愛に溺れた女の覚悟
2019.12.29
Vol.28
「あなたの恋人は、詐欺師ですよ」嫉妬に駆られた女が吐いた、捨て身の暴言
2019.12.22
Vol.27
「彼、最高でしょ?」元彼に執着する女が、男を取り戻すためにとった行動
2019.12.15
Vol.26
「SNSで晒しますよ?」女の弱みを握った男からの、非情な脅迫の言葉
2019.12.08
Vol.25
裕福な人妻が、詐欺師の男に1,000万を渡してしまった理由
2019.12.01
Vol.24
1億、そして5億…男と共に大金を使い始めた女。破滅へ向かう時、裏で暗躍する人物の思惑
2019.11.24
Vol.23
「その電話、誰から?」2人きりでいる時に男の携帯に着信。女が見逃さなかった違和感の正体
2019.11.17
Vol.22
「既婚者と付き合ってるの?」何も知らない女の質問に、男が伝えた非情な真実
おすすめ記事
2017.10.08
デートの答えあわせ【A】
「明日、朝早いから帰ります」は真実か?女が2軒目で帰る理由に気づかぬ男:デートの答えあわせ【A】
- PR
2024.11.20
銀座で女性と過ごす夜。アイリッシュウイスキーが引き寄せた、2人だけの密やかな高揚とは
2021.04.27
リバーシ~光と闇の攻防~
上司から与えられる、“無償の愛”。24歳OLの人生が狂い始めた夜の出来事
2016.05.01
ヤバい家計簿
ヤバい家計簿:毎年使わなくてはいけないお金が億単位の男
- PR
2024.11.18
総勢100名に当たる!西友&東急ストアで「スプリングバレー」を買って東カレ厳選グルメをもらおう!
- PR
2024.11.21
クリスマスは絶景を望むホテルデートへ!彼女がワッと喜ぶ、とっておきの夜を丸の内で過ごすなら…
2020.04.05
14日間の恋人
エスカレートする男の要求に、耐えられなくなって…。女が明かす、愛した男との過去
2016.03.06
東京☆ビギナーズ
東京☆ビギナーズ:自己満足な結婚式と裏腹な、東京の結婚での悩み
2016.07.03
産まない女
産まない女:殻を破ることのできた40代。私は“私の人生の選択”をしただけ
2017.10.12
エリート亮介の嫁探し
エリート亮介の嫁探し:“三高男”の半年間限定・婚活プロジェクトが、いざ始動!
東京カレンダーショッピング
『佐藤養助商店』:門外不出の技による、喉ごし滑らかな"稲庭干饂飩"
『かに物語』:ふっくらと肉厚な一本爪が2本入ったフレンチカレー
『西岡養鰻』:特製タレ付き!脂の乗った高品質な鰻を土佐備長炭で丁寧に焼き上げた蒲焼
『マルヒラ川村水産』:ご飯に載せて贅沢いくら丼!1粒1粒に旨みが凝縮された、とろける食感の北海道函館産天然いくら
『North Farm Stock』:北海道産ミニトマト使用!糖度が高く、コクとうまみがたっぷり詰まったトマトジュース
『ル・ボヌール 芦屋』:フリーズドライフルーツにホワイトチョコがたっぷりと染み込んだ新感覚スイーツ
『HAL YAMASHITA 東京』:シルクのようななめらかさ!冷え冷えトロリの新食感"ウォーターチョコレート"
この記事へのコメント