2019.06.23
200億の女 Vol.1「あの男、なんて言い方はやめなさい」
私がそう諌めても、日本語がわかる人がここに存在しないと思っているからか、富田の言葉は止まらなかった。
「だって失礼すぎません?約束の時間を破ったのは自分達なのに。私は、神崎さんみたいに中国語はわかりませんけど、私たちが軽く見られてることくらい分かります。女で、若いからですか?
日本の大手化粧品メーカーから、会社を代表してきてるのに。私たちをバカにするってことは、うちのブランドをバカにされてるようなものじゃないですか!?あーもう、ムカつきます。契約金もとんでもない金額要求してきてるくせに…」
言葉は荒くて幼い。でも富田の言い分にはいつも会社への愛がこもっている。私はそんな彼女が嫌いではないけれど、落ち着きなさい、と諌めてから続けた。
「富田さん、私たちがここに来た目的は何?」
問いを返されると思ってはいなかったのか、怒りにまかせて興奮していた富田が、一瞬キョトンと固まった後、おずおずと口を開いた。
「あの彼女を…世界的女優の彼女を私たちのブランドの広告に起用するために、交渉…というか口説き落とすことです」
「そう。だからその交渉をうまく行かせるために必要なことだけを考えればいいの。私たちがバカにされてるとか、個のプライドとか気持ちはどうでもいいし、気にもならない。相手に感情を振り回された時点でその駆け引きは負けに転がるわ。
それに…私が社長の娘だっていうカードも、最も効果的なタイミングで出さなきゃ意味がないの。覚えておいて」
「……はい…申し訳ありませんでした」
小さな声で謝った富田が、うなだれたのを見て、ハッとした。また淡々と詰めてしまった。夫にもいつも注意されることなのに。
「智の意見が正論なのは、みんなが分かってる。でも正しいことでも、伝え方を考えなきゃ。部下を不必要に追い詰める必要はないだろ?智はコミュニケーションが下手…というか、言葉足らず、なんだよなぁ。本当は優しいのにもったいないよ」
私に意見をしてくれる唯一の人。同僚でもある優しい夫・大輝(だいき)の、そんな言葉を思い出している時、甲高い声の中国語が聞こえてきた。
「私、緑のドレスは着たくないって伝えたわよね?」
ファム・ファタール。魔性の女優が、声を荒げている。
どうやら、カメラマンの要望で用意したドレスのことが、女優サイドにはうまく伝わっていなかったようだ。
たしか、カメラマンはイギリス人で、ファッション界の巨匠。彼の英語を聞いているとカメラマンサイドは、女優が納得済みだと聞いていたらしい。ハイブランドの担当者だろうか。この場の責任者らしき人物が間に入ったが、双方の言い分はぶつかったままで、どちらも譲りそうにない。
―燃えるような、瞳。
その言葉と怒りの内容はともかく、髪を振り乱し、感情をむき出しにできる彼女を私は羨ましいと思った。美しさが増しているようにも見える。
私は誰かに、感情をむきだしにしたことがないから。そもそも理性を超えた激しい感情など、一度も持ったことがないのだ。
さっき私たちの対応をした男性マネージャーが、女優にガウンを着せ、1時間休憩を入れませんか、と言うのが聞こえた。女優はマネージャーを信頼しているようで、彼になだめられると言葉を抑え、抱きかかえられるようにして部屋を出ていった。
「…1時間休憩するみたい。コーヒーでも飲んで待ってましょうか」
私は富田にそう言ったけれど、富田は首を横にふった。
「私はここで見張ってます。1時間って言ったところで、急に再開したり、いなくなられたりしたら困りますし。神崎さんは、カフェに行ってらしてください。何かあったらすぐに知らせますから」
携帯を指差しながら、そう言った彼女の顔はこわばったままで、さっきの私の言葉がダメージを与えていることは明らかだった。
私は無理に誘うこともできず、言いすぎたことを謝ることもできず、苦い思いを抱えたまま、じゃあお願いします、と言い残して部屋を出た。
【200億の女】の記事一覧
2020.01.12
Vol.31
女を騙して200億を手に入れた男。翻弄され続けた女の、破滅へのカウントダウン
2020.01.11
Vol.30
お金目当てで近づいてきた男と、恋愛は成立するのか?明日で最終話!「200億の女」総集編
2020.01.05
Vol.29
「私のお金が目的でも、彼が好き」初めての恋愛に溺れた女の覚悟
2019.12.29
Vol.28
「あなたの恋人は、詐欺師ですよ」嫉妬に駆られた女が吐いた、捨て身の暴言
2019.12.22
Vol.27
「彼、最高でしょ?」元彼に執着する女が、男を取り戻すためにとった行動
2019.12.15
Vol.26
「SNSで晒しますよ?」女の弱みを握った男からの、非情な脅迫の言葉
2019.12.08
Vol.25
裕福な人妻が、詐欺師の男に1,000万を渡してしまった理由
2019.12.01
Vol.24
1億、そして5億…男と共に大金を使い始めた女。破滅へ向かう時、裏で暗躍する人物の思惑
2019.11.24
Vol.23
「その電話、誰から?」2人きりでいる時に男の携帯に着信。女が見逃さなかった違和感の正体
2019.11.17
Vol.22
「既婚者と付き合ってるの?」何も知らない女の質問に、男が伝えた非情な真実
おすすめ記事
2017.01.24
無難戦隊MARCHマン
無難戦隊MARCHマン: 東大卒の上司が斬る!MARCHマン、大学別の傾向とは?
- PR
2024.11.20
銀座で女性と過ごす夜。アイリッシュウイスキーが引き寄せた、2人だけの密やかな高揚とは
2018.12.16
オトナの恋愛論~解説編~
この男、焦りすぎ…!誘い方が不自然すぎて、付き合う前に女から逃げられる男の特徴
2017.06.17
東京・ホテルストーリー
東京・ホテルストーリー:幸せ絶頂の新婚生活。その後の“現実”から逃げる女に訪れた転機
- PR
2024.11.18
総勢100名に当たる!西友&東急ストアで「スプリングバレー」を買って東カレ厳選グルメをもらおう!
- PR
2024.11.21
クリスマスは絶景を望むホテルデートへ!彼女がワッと喜ぶ、とっておきの夜を丸の内で過ごすなら…
2023.12.19
お姫様のリベンジ
「俺みたいな男、やめた方がいいよ」美女のお泊まり希望を断った男が、裏で密かにやっていたこと
2022.11.28
東京23区夫婦
「実家近くに住みたいから、今住んでるタワマンは売ろう」自己中すぎる夫の申し出を、妻が快諾したワケ
2018.01.26
東京の中心で、地元愛をさけぶ
東京の中心で、地元愛をさけぶ:プライド高き横浜出身商社マンを落とす、キラーフレーズ
2024.02.25
男と女の答えあわせ【A】
「美人だけど、次はない」年収1,500万の商社マン。33歳美女とデートしてガッカリしたこと
東京カレンダーショッピング
『佐藤養助商店』:門外不出の技による、喉ごし滑らかな"稲庭干饂飩"
『かに物語』:ふっくらと肉厚な一本爪が2本入ったフレンチカレー
『西岡養鰻』:特製タレ付き!脂の乗った高品質な鰻を土佐備長炭で丁寧に焼き上げた蒲焼
『マルヒラ川村水産』:ご飯に載せて贅沢いくら丼!1粒1粒に旨みが凝縮された、とろける食感の北海道函館産天然いくら
『North Farm Stock』:北海道産ミニトマト使用!糖度が高く、コクとうまみがたっぷり詰まったトマトジュース
『ル・ボヌール 芦屋』:フリーズドライフルーツにホワイトチョコがたっぷりと染み込んだ新感覚スイーツ
『HAL YAMASHITA 東京』:シルクのようななめらかさ!冷え冷えトロリの新食感"ウォーターチョコレート"
この記事へのコメント