日本語はネイティブな発音だけど、海外の血が混ざっているのかもしれない。
男性らしさもありながら適度に細い顎。鼻筋は高いけれど、欧米人で稀に見られるような、高すぎる鼻、というわけでもない。眼孔とのバランスもちょうど良くて、黒縁のメガネがピタリと綺麗にはまっている。それぞれの骨の大きさや配置が完璧に思える横顔だった。
祖父の代から続く、コスメ業界最大手の「兼六堂(けんろくどう)」。
一人娘として、幼い頃から会社を運営する立場になるべく育てられた私は、経営学だけではなく、人の顔にまつわる学問…解剖学や歯学などにも興味を持つようになった。
アメリカの大学では「心理学と顔の関係」について学んだし、最近では人類学にも興味があって、商品開発に活かしたい、と提案したばかりだ。
「智は、頭が固すぎる。学ぶなら、もっとシンプルに『美』とか『装う』ということについて突き詰めて欲しいのにな」
父は苦笑いでそう言ったけれど、可愛くあろうとすることや、女を全面に出すといったことが、私はどうにも気恥ずかしく苦手なのだ。
女優の母に全く似なかった、自分の地味な顔へのコンプレックスがあることは自覚しているけれど、それを特に不幸だとは思っていない。美を持って生まれた人はそれを生かし、そうではない人間は、そうでないように生きればよいだけ。
―この人は、美を持って生まれた人だわ。
ふと、先ほどのファム・ファタール、中国の女優の顔が浮かんで、もしかするとこの男性もあちら側の人…撮られる側の人なのかもしれない、と思った。
―魔性の男。
ファム・ファタールを男性版に言いかえるとしたら…オム・ファタール、で良いのかしら。
そんなことを考えながらぼんやりしていると、私の視線の先で、海を眺めていた彼が吹き出して笑いだした。それから、その笑いを止められないという様子で、メガネを外しながらこちらを見た。
「もうあなたの視線に気づかないふりをするのも限界です。こんなにあからさまに…顔を見られたのは初めてですから。そんなに、僕の顔に興味がありますか?」
メガネを外した男性の瞳は、とても薄い茶色だった。
「ごめんなさい、失礼なことを…」
不躾な視線だったことを謝ると、いえ、慣れてますから、とさらりと男性は続けた。
「僕の顔に興味がある女性は多いです」
女達が自分に言い寄ることは当然、というその口調が清々しくて、私は思わず、そうでしょうね、と相槌を打ってしまった。私の反応に彼はまた、笑いながら続けた。
「でもあなたの視線には、僕にアプローチを仕掛けてくる女性たちの、あのねっとりとした熱がない。それに僕の時計や靴には、一切視線を寄こさない。つまり、僕がお金を持っているかどうかを、値踏みする気はないってことでしょ?
大抵の女の人達は、そこも気にするんですけどね。あなたはただ、僕の顔だけを観察していた」
鋭い指摘に驚き、私は言葉が出なかった。どうやらただの美しい男ではなさそうだ。ここにいるということは、このホテルの宿泊客。しかも1ヶ月滞在していると言っていた。
シワひとつないシャツとハーフパンツ。ラフなスタイルだけど、それぞれ素材が一流であることは分かる。
時計は…多分パテック・フィリップ、靴はどこかのビスポークかも。私自身はハイブランドの装飾品に興味はないけれど、父や母に教え込まれたせいで、知識だけはあるのだ。
「とにかく、今夜の相手として品定めされているわけではなさそうだ。僕としては、ちょっと残念な気もしますけど」
「…なっ」
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とても面白かったです!