—今すぐ、婚約を破棄しろ。
ある日、柊木美雪(ひいらぎ・みゆき)のSNSに届いた奇妙な一通のメッセージ。
恋人の黒川高貴(くろかわ・こうき)からプロポーズをされて幸せの絶頂にいたはずの美雪は、その日を境に、自分を陥れようとする不気味な出来事に次々と遭遇する。
“誰かが、私たちの結婚を邪魔している。でも、一体誰が…?”
美雪を待ち受ける数々の“罠”をくぐり抜け、無事に結婚にたどり着くことが出来るのかー?
「柊木美雪さん。僕と結婚してください」
恋人の黒川高貴が、恥ずかしそうにバラの花束を差し出しながらそう言った時。私は胸に突き上げてくる感情を抑えきれず、目から涙が溢れそうになった。
「綺麗な花束、ありがとう…。こちらこそ、よろしくお願いします…!」
「よかった…」
緊張で強ばっていた高貴の顔が途端にくしゃくしゃになり、彼はまるで子犬のように笑った。顔中に皺ができて目が極端に細くなる、大好きな高貴の笑顔。
私はもうすぐ、それを独り占めすることができるんだ。そう思うだけで鼓動が早まり、息苦しいほど胸がいっぱいになる。
「私が高貴のプロポーズ、断るわけがないでしょ…!」
涙を堪えて笑いながらそう言うと、高貴は心底申し訳なさそうな顔をした。
「僕は仕事柄忙しいから、美雪に寂しい思いをさせないか不安で…。最近も当直続きだし、外科で医療訴訟があったらしくてさ。それで通常業務以外の仕事が増えちゃって…ずっとデートできてなくてごめんね」
「私は大丈夫だよ。それより、訴訟なんて大変だね。つらい気持ちよくわかるよ。ほら、うちの父、弁護士だったから。…私、これまで以上に料理とか家事を頑張って、高貴を支えるね」
高貴は私の手をそっと握りながら、少し潤んだ眼差しを向けてくる。
「ありがとう。こんなに身も心も美しい女性と結婚できるなんて、僕は世界一の幸せものだ」
ここは、ザ・リッツ・カールトン東京の45階にある『AZURE 45』。そして今日は、私の29歳の誕生日だ。
勤務医として働く高貴は多忙を極めていて、「誕生日のお祝いをしよう」と言ってきたのもつい1週間前だった。
だから、こんなサプライズがあるなんて思いもしなかったのだ。
「これまで生きてきて、こんなに幸せを感じたことないかも、私」
高貴のつぶらな瞳を見つめながら、そう呟いた。同時に、脳裏にはこれまでの28年間の日々が、まるで走馬灯のように蘇ったのだった。
この記事へのコメント