2015年の春、エストネーションに行くため六本木ヒルズを訪れた香織は、正面から歩いてくる1人の男性を見つけて思わず足を止めた。
香織からの視線に気づいたのか、その男性も香織をちらりと見たがすぐに目を逸らした。だが何かに気づいたように、彼はもう一度香織を見て、驚いた顔をした後、少しだけ微笑んだ。
足を止めたままの香織に向かって、彼は笑顔のまま近づいてくる。その笑顔は、2人が付き合っていたあの頃と変わらないが、少しだけ皺が深くなり、当時のギラギラした雰囲気はなくなっているように感じた。
「香織だよね? 久しぶりだね」そう言って優しく微笑む。彼は瞳の奥の鋭さは失っていないが、香織の記憶にはない柔らかな雰囲気を醸し出していた。
東京にいて今までこんな偶然がなかったことの方が不思議なのかもしれない。驚きながらも、もう何年も会っていないのに、彼が自分に気づいてくれたことが少しだけ嬉しかった。
彼との短い恋愛が終わって、あの時は友人たちに散々愚痴を言った。言わないと気持ちのやり場がないほどに、彼に振られて落ち込んでいたのだ。そう、彼のことなんて大嫌いだった。
だがその頃の怒りなんてとっくの昔に忘れていた今、久しぶりの予期せぬ再会に、香織のテンションは一気に高くなった。昔の知り合いに偶然再会したのと同じような、嬉しいサプライズだった。
どうやら彼も同じだったようで、再会を共に驚いた後「時間があれば、せっかくだからお茶でもしようよ」という話になりダイニングバーへ入った。
2人ともコーヒーを頼んだが、話が盛り上がりそのまま料理とワインも頼むと、結局4時間近くを一緒に過ごした。
付き合っていた数ヶ月よりも、この3時間の方が濃密だったかもしれないと思える程、沢山話し、会話のテンポも合い、なんだかとても心地よかった。「この人と話してて、こんなに盛り上がったことあったっけ?」と香織は自分でもびっくりしたほどだった。
当時の香織は、彼に嫌われるのが怖くてあまり本音を言えなかったが、この時は肩ひじ張らずに、飾らない自分でいられたのだ。
そして、この偶然の再会を機に、香織は瞬く間に彼と結婚することとなった。いわゆる元さやスピード婚だ。
この記事へのコメント
どんなときもお仕事コツコツ続けてたっていうのが幸せの秘訣かな。