2025.04.07
1LDKの彼方 Vol.174月。遠くて近い<明里>
「ねえ、本当にベッドだけでいいの?明里が選んだダイニングテーブルだって、持って行っていいんだよ」
心配そうに問いかける亮太郎に、私は眉をひそめる。
けれどその目は優しく細められていて、うとましげな態度が演技であることは明らかだった。
「も〜。何度も言うけど、菜奈が日本を留守にしてる間、部屋の管理を頼まれてるんだってば!
家具も家電も全部あるけど、ベッドだけは夫婦の使ったら悪いから持って行くの!」
「わかったけどさぁ…。…明里がいないと俺、寂しいよ」
そう言って亮太郎は肩を落とす。
「私も寂しい。ね、明日のCM撮影で歌織にどんなちょっかい出されても、そのままでいてね。週末また泊まりに来るから」
引っ越しのトラックをふたりで見送ると、私はタクシーに乗り込んだ。
「バイバイ、亮太郎!」
「じゃあね、明里」
後部座席の窓から、マンションを見上げる。
さっきまでふたりの部屋だった場所は、ベッドが運び出された今、すっかり恋人の部屋に姿を変えていた。
タクシーが出発する。
ぐんぐんと遠ざかる亮太郎の姿はだけど、1ヶ月前に亮太郎からプロポーズされた時とは比べものにならないほど近くに感じる。
同棲の惰性で結婚しても、きっとうまくいかない。
大切なものを捨てなくてはいけない関係では、一生を共に過ごすことはできない。
それなら───もう一度、確かめよう。
それがふたりでたどり着いた、答えだ。
赤信号で停車した天現寺の交差点で、窓から桜吹雪が車内に舞い込む。
これからどんな毎日が待っているのか、私にはさっぱりわからなかった。
もしかしたら他の男性と食事に行くのかもしれないし、行かないのかもしれない。
歌織に面と向かって「私に構うな」と言いに行くかもしれないし、行かないのかもしれない。
週末には亮太郎に会いに行くし、いつか、行かなくなるのかもしれない。
それはきっと、亮太郎もそうだろう。
歌織に心揺さぶられる日が来るかもしれない。
スニーカーが好きな女の子と、恋に落ちるかもしれない。
私と週末会ううちに、ひとりでいることの心地よさを知るのかもしれない。
今の私たちには、なにもわからない。1LDKに住んでいた昨日までと、全く同じように。
だけど、だからこそ。
遠くにいても、誰よりも近い存在であることを確かめるのだ。
― 離れても会いたい。それが確認できたら、私たちきっともう一度…。
信号は青に変わり、亮太郎との距離はまた開き始めた。
けれど、髪についた桜の花びらを摘む私の右手薬指には───キラキラときらめくふたりの希望が星のように輝いている。
Fin.
▶前回:待ち望んでいたプロポーズをされた30歳女。しかし、その瞬間感じた違和感とは
▶1話目はこちら:恵比寿で彼と同棲を始めた29歳女。結婚へのカウントダウンと意気込んでいたら
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