2025.04.07
1LDKの彼方 Vol.17全て話すと決めた、2025年3月<明里>
亮太郎はプロポーズしてくれた。
「ごめん…亮太郎。ごめん、ごめんね…」
テーブルを挟んで向かいに座る亮太郎の表情は、窓から差し込む光が逆光になって、よく見えない。
だけど、差し出してくれたリングのダイヤは、残酷なほど対照的にキラキラと光り輝いていた。
まるで一面の星くず。
きらめく光に満ち溢れた1LDKで私は、たったひとり、宇宙を漂流しているみたいに孤独だった。
― 亮太郎が、遠い。
近くにいるのに、遠い。ダイニングテーブルの向こうの亮太郎は、はるか彼方にいるように感じる。
妊娠疑惑でしてくれたプロポーズを、受け流してからの8ヶ月。
本当に亮太郎と一緒にいたいのかを考えるために、私なりに努力をしてきたつもりだった。
だって私たちは、同棲しているのに、お互いに何も知らなかったから。ただただ、“楽しい今”を共有するだけの2人だったから。
― もっと亮太郎を知りたい。ちゃんと本音でぶつかり合いたい。
そう決意して亮太郎に──私たちふたりの関係に、向き合おうとした。
だけど、どうしてなのかわからない。なぜだか亮太郎との距離は、どんどん離れていくような気がした。
ご家族にも会わせてもらった。
私には何も言わないけれど、どうやら歌織とも連絡はとっていないみたいだ。
それになにより、こうしてプロポーズまでしてくれている。
この全てが、同棲がはじまったころの出来事だったら、どんなに嬉しかっただろう───。
だけど今の私は、同じくらい重大なことを亮太郎に伝えなくてはいけないのだった。
「亮太郎。私、来月出て行くね。同棲……解消しよう」
亮太郎がどんどん遠くなるなか、菜奈が年始に持ちかけてきた話は、私には天啓としか言えなかった。
「明里、ごめん。4月から、私フルリモートになってもいいかな…?」
「えっ、どうしたの?」
「実は、旦那がイギリス駐在になって。柄にもないって笑うかもしれないけど、付いて行きたいんだよね」
青山のオフィスにわざわざ私を呼び出した菜奈は、気恥ずかしそうに身をよじらせる。
「ほら、ここのところ長期の出張がずっと続いてたでしょ?いざ離れてみたら、やっぱり一緒にいたいなって思うようになってきたんだ…」
「…うん…うん!そうだよね。もちろん大丈夫だよ!そういう時のためにこうして共同経営してるんだし。国内の細々したことは、私に任せてよ」
菜奈の決断にしみじみと感じ入る私を見て、菜奈はぎょっとした顔を浮かべる。
「ちょっと明里、大丈夫?ねえ、ちょくちょく帰ってくるからそんな顔しないでよぉ〜」
気がつけば私は、自分でも信じられないほどに涙を流していた。
「ねえ、無理そうだったら私、行かないよ!」
「ううん、違うの。菜奈、カッコイイよ。そうだよね。一緒にいたいなら、一緒にいるべきなんだよ──」
同棲をはじめた日。私は世界で一番幸せだった。
シングルベッドをふたつ並べて抱き合ったあの時、私はただただ亮太郎を愛していた。
一緒にいられるだけで、どんな悩みだって幸福のうちに溶け去ってしまえた。
だけど、いつの頃からなんだろう。
「結婚したい」という焦りが大きくなっていった。
歌織に奪われるかもしれないという危機感に駆られていった。
他の人を見てみたいと思ってしまった。
同じ部屋では見透かされる気がして、それすら出来ないつまらない自分を見つけてしまった。
自分の弱さを突きつけられてしまった。
そして今はとうとう、亮太郎への気持ちを確認しようなんていう、想像すらしなかった迷宮に迷い込んでいる。
…私は、亮太郎のことが大好きだ。
だけど今は、菜奈みたいな気持ちで。昔みたいな気持ちで。大好きな亮太郎と、ただ一緒にいたいとは思えていない。
とっくに気づいていたのに、認めることが怖かった。
同棲が壊れることは───私の世界が壊れるということだったから。
「同棲、解消しよう」
唐突すぎる言葉のはずだったのに、亮太郎は取り乱すこともなく静かに答えた。
「…なんとなく、そう言われる気がしてた」
亮太郎は笑っていた。
私は、自分から言い出したことなのに、泣いていた。
「でもね、亮太郎」
「うん」
「私、亮太郎が大好きだよ…」
― ちゃんと、話さなきゃ。
傷つくのが怖くて、傷つけるのが怖くて、私も亮太郎もこれまで本音を言い合うのを避け続けてきたんだと思う。
家族のこと。
結婚のこと。
過去のこと。
未来のこと。
他の可能性のこと。
どんな気持ちで、亮太郎を好きでいるかということ。
不思議と、同棲を解消すると決めた今なら言える気がした。
決して広くないこの1LDKの部屋は、すぐ近くにいる大好きな人を、はるか彼方に感じるくらいに果てしない。
だけどそのぶん、どんなものでも詰め込むことができるはずだ。
過去も未来も───その気になれば、愛する人が大切にしているボロのスニーカーだって。
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