1LDKの彼方 Vol.13

「何もないって言われたけど…」彼氏が他の女と連絡を取っていたことが発覚。30歳女は思わず…



亮太郎からの遠慮がちな電話がかかってきたのは、22時を少し回った頃のことだった。

「あのさ…。職場の人たち、連れて帰ってもいい…?」

「えっ」

「今みんなで飲んでるんだけど、店がほんと家の目の前で。みんな『明里に会ってみたい』って盛りあがっちゃってて…」

「今から?うちに亮太郎の同僚を連れてくるってこと?」

「うん…いや、普通にダメだよね!本当ごめん、忘れて!」

当然ダメと言われるものと思ってか、亮太郎の声は気まずそうにくぐもっている。

けれど私は、慌てて首を振りながら勢いよく答えた。

「ううん、全然いいよ!私まだお化粧落としてないし、なんかおつまみ準備して待ってるね!」


「えっ、本当にいいの?」と電話の向こうで戸惑う亮太郎を放り出して、私は急いで支度にとりかかる。

ダラダラとやっていた仕事を切り上げ、来客用のグラスを取り出す。最近無性に食べたくて買い込んであったフルーツを、洗って切って盛り付ける。

足取りは軽い。率直に言って、私はすごく嬉しかったのだ。

― 亮太郎の周りの人に紹介してもらうの、初めて!嬉しい!

亮太郎と出会った食事会で、幹事だった瑛介くんという人には会っていたけれど、付き合ってから改めて人に紹介されるのはまるで初めてのことだ。

深夜の突然の来客という点においては、特に違和感はない。昔から実家には両親のお客さんがしょっちゅう来ていたし、そういう時の家の中は普段と違って賑やかで…子ども心にワクワクしたことを覚えている。

なにより、亮太郎が私のことを、同棲中の彼女としてみんなに紹介してくれる。

それは私にとって、とてつもなく大きな進捗だった。

もしかしたら、この前結婚願望について亮太郎に尋ねてみたことが、亮太郎の気持ちに変化をもたらしたのかもしれない。

― なんか、家族になれる第一歩って感じがする!

ここのところなんとなく蓋をしていた“亮太郎との将来”というテーマが、まるで電子レンジにかけたように、私の胸の中で再び熱を帯び始めていた。


「すみません、こんな遅くに急にお邪魔しちゃって」

「わぁ、素敵なお部屋ー!明里さん…ですよね、ありがとうございます。フルーツまで準備していただいて」

訪れた人たちは、みんな清々しく健康的ないい人たちだった。皆どことなく亮太郎と似ている。職場の人というよりは、亮太郎の友達みたいだ。

皆さんとケラケラと笑う亮太郎の顔を見ていると、亮太郎がどれだけ仕事を大切に楽しんでいるかが伝わってくる。これまでデートをドタキャンされてきたことなんて、この笑顔を見ればすぐに吹き飛んでしまう瑣末なことだった。

紹介してもらって、楽しそうな職場での亮太郎を見ることができて…すでに大満足の時間を過ごしていた私だったけれど、何よりも嬉しかったのは、複数人の人から同じセリフを言われたことだ。

「こいつ会社でも明里さんのノロケばっかりなんですよ」

「ほんと、とくに同棲し始めてからはすごいんですよ!」

照れ笑いを浮かべながら私は、心の中でひそかに幸せを噛み締める。

― なんだ。私、ちゃんと大事にされてるんだ…。

だけど、そうしみじみと思った、その時だった。

チコちゃんという、今でも亮太郎とチームを組んでいるという女の子がポロっと言った言葉に、私は思わず下げ膳しようとしていた手を止めた。

「ほんと、こんな美人な彼女さんでびっくりしました。明里さんって、歌織さんとはまたタイプが違う美人さんですよね」

「あ…ご存じなんですね。歌織が私の、妹だって」

平静を装う私にチコちゃんは、ほろ酔いの上気した頬で無邪気に続ける。

「家族ぐるみのお付き合いだってこと、バレてますよっ。亮太郎さんったら、ボーッとした顔して着々と人生進めちゃってぇ〜!」

「家族ぐるみ…?」

「そうですよぉ。だって、よく歌織さんとLINEしてますよね?瑛介さんに話してるじゃないですか」

ドクン、と、心臓がおかしな跳ね方をするのを感じた。

私はゆっくりと、恐る恐る亮太郎の方を振り返る。

…合わない目線。引き攣った口元。さっきまでとは違う亮太郎の表情を目にして、私は真っ暗な闇に吸い込まれていく。

― 亮太郎の、嘘がつけないまっすぐなところが好き。でも、こんなのって…。

誰も亮太郎の私の間に起きた変化については気づかないまま、この話題はありふれた話題としてすぐに流れた。

「4Kプロジェクターつけたい!」という誰かの声とともに、部屋が暗闇に変わる。

私と亮太郎の部屋の白い壁に、可愛らしく踊る歌織の顔が大写しになる。

その後のことは、あまりはっきり思い出すことができない。

この記事へのコメント

Pencilコメントする
No Name
明里がただただ気の毒でならない。 今回は妊娠ではなくストレス過多で遅れているだけである事を願う。
2025/03/17 05:2830
No Name
「そうですよぉ。だって、よく歌織さんとLINEしてますよね?瑛介さんに話してるじゃないですか」
相当意味不明、チコの奴どうしてこんな事言うんだろう? まさか歌織とグルなのか? 単にデリカシーのカケラも無いだけなのか?
2025/03/17 05:2528返信1件
No Name
明里は繊細だけど性格はいいんだね。職場の酔っ払い訪問を素直に喜ぶなんて....。
その分歌織の件は心底ショックだっただろうし裏切られた気分だよねぇ。
2025/03/17 05:1826
もっと見る ( 14 件 )

【1LDKの彼方】の記事一覧

もどる
すすむ

おすすめ記事

もどる
すすむ

東京カレンダーショッピング

もどる
すすむ

ロングヒット記事

もどる
すすむ
Appstore logo Googleplay logo