2025.03.17
1LDKの彼方 Vol.13◆
亮太郎からの遠慮がちな電話がかかってきたのは、22時を少し回った頃のことだった。
「あのさ…。職場の人たち、連れて帰ってもいい…?」
「えっ」
「今みんなで飲んでるんだけど、店がほんと家の目の前で。みんな『明里に会ってみたい』って盛りあがっちゃってて…」
「今から?うちに亮太郎の同僚を連れてくるってこと?」
「うん…いや、普通にダメだよね!本当ごめん、忘れて!」
当然ダメと言われるものと思ってか、亮太郎の声は気まずそうにくぐもっている。
けれど私は、慌てて首を振りながら勢いよく答えた。
「ううん、全然いいよ!私まだお化粧落としてないし、なんかおつまみ準備して待ってるね!」
「えっ、本当にいいの?」と電話の向こうで戸惑う亮太郎を放り出して、私は急いで支度にとりかかる。
ダラダラとやっていた仕事を切り上げ、来客用のグラスを取り出す。最近無性に食べたくて買い込んであったフルーツを、洗って切って盛り付ける。
足取りは軽い。率直に言って、私はすごく嬉しかったのだ。
― 亮太郎の周りの人に紹介してもらうの、初めて!嬉しい!
亮太郎と出会った食事会で、幹事だった瑛介くんという人には会っていたけれど、付き合ってから改めて人に紹介されるのはまるで初めてのことだ。
深夜の突然の来客という点においては、特に違和感はない。昔から実家には両親のお客さんがしょっちゅう来ていたし、そういう時の家の中は普段と違って賑やかで…子ども心にワクワクしたことを覚えている。
なにより、亮太郎が私のことを、同棲中の彼女としてみんなに紹介してくれる。
それは私にとって、とてつもなく大きな進捗だった。
もしかしたら、この前結婚願望について亮太郎に尋ねてみたことが、亮太郎の気持ちに変化をもたらしたのかもしれない。
― なんか、家族になれる第一歩って感じがする!
ここのところなんとなく蓋をしていた“亮太郎との将来”というテーマが、まるで電子レンジにかけたように、私の胸の中で再び熱を帯び始めていた。
「すみません、こんな遅くに急にお邪魔しちゃって」
「わぁ、素敵なお部屋ー!明里さん…ですよね、ありがとうございます。フルーツまで準備していただいて」
訪れた人たちは、みんな清々しく健康的ないい人たちだった。皆どことなく亮太郎と似ている。職場の人というよりは、亮太郎の友達みたいだ。
皆さんとケラケラと笑う亮太郎の顔を見ていると、亮太郎がどれだけ仕事を大切に楽しんでいるかが伝わってくる。これまでデートをドタキャンされてきたことなんて、この笑顔を見ればすぐに吹き飛んでしまう瑣末なことだった。
紹介してもらって、楽しそうな職場での亮太郎を見ることができて…すでに大満足の時間を過ごしていた私だったけれど、何よりも嬉しかったのは、複数人の人から同じセリフを言われたことだ。
「こいつ会社でも明里さんのノロケばっかりなんですよ」
「ほんと、とくに同棲し始めてからはすごいんですよ!」
照れ笑いを浮かべながら私は、心の中でひそかに幸せを噛み締める。
― なんだ。私、ちゃんと大事にされてるんだ…。
だけど、そうしみじみと思った、その時だった。
チコちゃんという、今でも亮太郎とチームを組んでいるという女の子がポロっと言った言葉に、私は思わず下げ膳しようとしていた手を止めた。
「ほんと、こんな美人な彼女さんでびっくりしました。明里さんって、歌織さんとはまたタイプが違う美人さんですよね」
「あ…ご存じなんですね。歌織が私の、妹だって」
平静を装う私にチコちゃんは、ほろ酔いの上気した頬で無邪気に続ける。
「家族ぐるみのお付き合いだってこと、バレてますよっ。亮太郎さんったら、ボーッとした顔して着々と人生進めちゃってぇ〜!」
「家族ぐるみ…?」
「そうですよぉ。だって、よく歌織さんとLINEしてますよね?瑛介さんに話してるじゃないですか」
ドクン、と、心臓がおかしな跳ね方をするのを感じた。
私はゆっくりと、恐る恐る亮太郎の方を振り返る。
…合わない目線。引き攣った口元。さっきまでとは違う亮太郎の表情を目にして、私は真っ暗な闇に吸い込まれていく。
― 亮太郎の、嘘がつけないまっすぐなところが好き。でも、こんなのって…。
誰も亮太郎の私の間に起きた変化については気づかないまま、この話題はありふれた話題としてすぐに流れた。
「4Kプロジェクターつけたい!」という誰かの声とともに、部屋が暗闇に変わる。
私と亮太郎の部屋の白い壁に、可愛らしく踊る歌織の顔が大写しになる。
その後のことは、あまりはっきり思い出すことができない。
相当意味不明、チコの奴どうしてこんな事言うんだろう? まさか歌織とグルなのか? 単にデリカシーのカケラも無いだけなのか?
【1LDKの彼方】の記事一覧
2025.03.03
Vol.11
結婚願望がない彼氏と迎えた、30歳の誕生日。女がショックを受けた“ある理由”
2025.02.24
Vol.10
29歳彼女と同棲しているのに、将来を考えていない男。結婚を迫られた彼がとった言動とは
2025.02.17
Vol.9
「既婚者や子持ちばかりで、肩身が狭い…」同窓会に参加した29歳女の本音
2025.02.10
Vol.8
「これ、捨ててもいいよね」彼氏のスニーカーコレクションを処分したがる女。イライラした男はつい…
2025.02.03
Vol.7
彼氏と業務連絡のようなLINEばかり。付き合って1年でこれはヤバい?それとも…
2025.01.27
Vol.6
「え、嘘だろ…?」同棲前に彼女の親に挨拶に行ったら、実家が金持ち過ぎて…
2025.01.20
Vol.5
「何これ…」付き合って1年記念日。27歳彼氏からのプレゼントに、女が絶句したワケ
2025.01.13
Vol.4
「結局、料理上手な女性が好き」広告代理店勤務・27歳男のリアルな本音
2025.01.06
Vol.3
「家族に紹介してほしかったのに…」年末年始は、彼氏と過ごせなかった29歳女の憂鬱
2024.12.30
Vol.2
年上彼女から「ボッテガのキーケース」をプレゼントされた28歳男が、困惑したワケ
おすすめ記事
2025.03.10
1LDKの彼方 Vol.12
付き合って1年以上の彼女に隠している秘密。28歳男が、プロポーズに踏み切れない理由
- PR
2025.03.12
【プレゼントキャンペーン実施中】「絶対に1台は“家族”としてお迎えしたい」東京生活を楽しむ夫婦に欠かせない車とは
2017.01.26
私、港区女子になれない
私、港区女子になれない:高学歴キャリア女子VS男に頼る港区女子。賢いのはどっち?
2017.01.20
港区おじさん
平均寿命は2年!港区おじさんが語る、“ヘビーローテーション”されぬ港区女子事情
- PR
2025.03.05
首都圏でしか味わえない!東カレ編集部員が厳選する「美食」と「高層夜景」の名店10軒
- PR
2025.03.14
今年のGW、どう過ごす?都内から90分、一面の花×温泉に癒される箱根デートへ!
2022.04.24
男と女の答えあわせ【A】
女性2人に囲まれたときの、男の“アノ行為”にウンザリ。女が萎える絶対NGな行動とは…
2016.05.25
幸せな離婚 written by 内埜さくら
幸せな離婚:女には理解できない男同士の友情。2人のせいで真実は闇の中へ……!?
2018.09.27
嫌われる女
嫌われる女:「親しみやすくて、可愛い子でしょ?」笑顔で褒め合う女たちの会話に潜む罠
2017.08.05
恋愛中毒
恋愛中毒:彼に感じた苛立ちは、無謀な恋に堕ちる前の危険信号だった
東京カレンダーショッピング
『かに物語』:〆まで楽しめる雑炊の素付き!蟹の旨みがたっぷりと溶け出すかに鍋セットミニ
『肉のABCフーズ』:黒トリュフ塩付!牛タン&A5ランク黒毛和牛を使った極上ハンバーグ
『東京京橋おばんざい醸』:肉を引き立てる3種の塩!A5黒毛和牛を使ったローストビーフ
『かに物語』:海老・帆立・蟹!ベシャメルソースに、各種海の幸をトッピングした贅沢グラタン
『UMIKARA』:薄切り・厚切り食べ比べ!特製出し汁で味わう若狭湾真鯛の鯛しゃぶセット
『パンツェロッテリア』:具材ごろごろボリューミー!フレッシュな野菜と肉感満載のフライドピッツァ
『オリベート』:黒トリュフ香る、口当たりクリーミーな究極のティラミス
『ミホ・シェフ・ショコラティエ』:日本を代表するショコラティエ―ルが作る、 ショコラ好きのための濃厚ガトーショコラ
『LOUANGE TOKYO』:アート感溢れるビジュアル!口溶けなめらかな大人の生チョコレートエクレア(6種)
『ル・ボヌール 芦屋』:しっとりサクサク!フリーズドライ苺にホワイトチョコをたっぷりと浸透させた新感覚スイーツ
この記事へのコメント