夏の恋 Vol.20

「結婚前の同棲しなければよかった」彼と付き合って4年。31歳女性が後悔する理由

「瑞穂、本当に何も買わなくていいの?」
「うん…いいや」
「あっそう。って、もう15時半?ちょっとどこか店に入っていい?競馬が始まるわ!レース見なきゃ」

私は頷き、龍之介について行く。

彼はお酒が飲みたかったらしく、タクシーでホッピー通りへ向かう。

どの店も混んでいて店内には空きがなく、外の席で飲むことになった。

まだ陽が落ちない浅草の夜は蒸し暑く、浴衣を着ている私には少々キツかった。


「ねぇ、龍ちゃん。それ飲んだら他のお店に移動しない?」
「なんで。入ったばっかりだよ」
「ごめん、ちょっと暑くて…」
「もう〜張り切って浴衣着るからじゃん…わかった。じゃあ、もう帰ろう」

私たちは、配車アプリでタクシーを呼び、自宅がある武蔵小山へ向かう。

車内で特に会話をすることなく、ぼ〜っと外を眺めていると、自然と涙が溢れた。

― 今日のデートが楽しくなければ、別れる。

これは、何日か前から決めていたことだった。

27歳から4年間。20代後半を龍之介と過ごした。

4年前、龍之介は「一目惚れした」と目黒の居酒屋で私に声をかけてきた。

それからデートを重ね、付き合ってすぐに同棲を始めた。同じベッドで眠って、同じ匂いがする服を着た。

好きな人が待つ家に帰るのは、本当に幸せだったけれど…。

「結婚前の同棲は、デメリットの方が多い」

そのことに気づくのに時間はかからなかった。

結婚前に体験しなくてもいいような、色気のない生活が当たり前になるし、一緒にいることも特別じゃなくなってしまう。

それでも同棲を解消しなかったのは、龍之介が好きだったし楽だったから。

私といるのが楽なのは、彼も同じだろう。だけど、もう限界だ。

楽なだけでダラダラと付き合い続けるほど、私は若くないのだから。


「もう、東京の夏は無理だな〜。来年は北海道とか軽井沢にでも行くか」
「…そうだね、暑すぎるね」

― 来年は、きっと一緒にいないよ。

龍之介はもう、私が泣いていることにも気づかなくなってしまった。

それだけじゃない。浴衣を褒めないし、自らデートプランを考えることもない。彼の言動から、愛されていると実感できなくなったのだ。

家に着くと、龍之介は真っ先にシャワーを浴びて、缶ビールを飲み始めた。

「龍ちゃん」

私は、浴衣姿のまま彼に声をかけた。

「どした?瑞穂もお風呂入ってきなよ」
「…別れよ」

龍之介は狐につままれたような顔をしている。

「別れる?なんでよ。まさか、他に男でもできた?」
「そうじゃないよ、もう限界なの…」

彼は、本当に何もわかっていない。

4年も付き合ったのだ。ここは優しい心で、別れる理由をきちんと説明すべきなのだろうか。

私はあなたと結婚したかった。その願望を何度かほのめかしていたし、誕生日、記念日、クリスマス…いくらでもチャンスはあったはずだよね。それと、私と居ることに慣れてしまうのは仕方ないとしても、もう少しデートを楽しんだり、気遣ってくれてもいいんじゃないの?と。

でも、私は言わなかった。

「イヤだよ」
「え?」
「だから、急に別れるは意味わかんないって」

龍之介が別れを拒むのは想定外だった。

「じゃあ、私たちが付き合ってる意味ある?この先の未来のこととか…考えてないでしょ」

私は、真剣な眼差しで龍之介を見た。

このタイミングで求婚されるとは、もちろん思っていないが、最後の最後に希望を抱いてしまうのは、なぜなのだろう。

もっと力強く引き留めてほしいと願ってしまうのは、どうしてなのだろう。

「…わかったよ。瑞稀がそうしたいなら。別れよう」

― だよね、ありがとう。

けれど、龍之介は、私とぶつかるよりも別れを選んだ。


2週間後。

私は龍之介が仕事でいない間に、ふたりで住んでいた部屋を出た。

『私ね、龍之介のこと大好きだったよ。でも、自分のことはもっと好きだし大事にしたいの。だから、さよならするね。今までありがとう、バイバイ』

テーブルの上に置いてきた手紙に、嘘偽りはない。

楽しかった思い出は数えきれないし、感謝もしている。

ただ、この先将来を見据えて付き合う人には、何年経っても褒められたいし、私とのデートを楽しみにしてほしい。

「よし。次行こ、次!」

私はわざと明るく声を出して、マンションのドアを閉めた。


▶前回:デートで終電を逃して「タクシーで帰る」という29歳女。本音はお泊まりしたい…?

※公開4日後にプレミアム記事になります。

▶1話目はこちら:「東京オリンピックに一緒に行こう」と誓い合った男と女。7年越しの約束の行く末は?

▶Next:8月26日 月曜更新予定
いつも待ってばかりの女。気になる人と麻布十番祭りに出かけたら…

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この記事へのコメント

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No Name
夏の恋と言うより、ただ夏に別れを決意した話ですね。 特に感情移入も出来ず。日に3小説以上更新が有った頃ならもっと好意的な感想を持てたのかもしてませんが、最近少な過ぎるので、ふーんそれだけかと思ってしまいます。残念。
2024/08/16 05:3443返信1件
No Name
スマホから目を離さない男とよく4年も続いたなぁ。料理全然しないとかデート中に競馬レース見るのも勘弁だし、彼女の異変に全く気付かないもの、浴衣で暑くなったから帰って来たのに我先にシャワー浴びるとか。こんな男とうっかり結婚したら地獄。家事育児やるどころか手伝うスタンスすらないから。瑞穂も嫌な事は嫌と、きちんと伝えたりしてたのかなぁ?
2024/08/16 05:4843返信1件
No Name
龍ちゃんは最初瑞穂の外見に飛びついて声かけて来たから、美人は3日で飽きるじゃないけど...よく四年も続いたなぁと。身勝手過ぎるし気遣いゼロだしデート中競馬見なきゃとかテンション下がるし絶対結婚しない方がいいタイプ。しかし瑞穂が言う何年経っても褒めてくれたりデートを楽しみにするパートナーを探すのも難しい。
2024/08/16 05:2531返信3件
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