夏の恋 Vol.19

デートで終電を逃して「タクシーで帰る」という川越に住む29歳女性。本音は…?

翌週の金曜日。

仕事終わりに着替えた白のワンピースに汗がつかぬよう、ハンディファンで首に風を当てながら、恵比寿の街を歩く。

「へぇ、奈緒さんは、愛ちゃんと同じ部署なんだ」
「そうなの。同期で一番仲良しだよね〜!」

愛が幹事の食事会は、恵比寿にある焼き肉店で開催された。


どこでどう出会うのか毎回感心するが、今回の男性は美容外科医だ。

「奈緒、志田先生は骨切りが上手で“骨切り志田っち”って呼ばれてるの。梅原先生は注入系のセンスが抜群。ボトとかヒアルやるなら絶対に梅ちゃん指名してね」

愛が男性ふたりの紹介をしてくれたが、あだ名しか頭に入ってこなかった。

「愛ちゃん、僕らの仕事のことはいいよ。今日は楽しく飲もう」

― 優しそうな人たちでよかった…。

自分と違う世界すぎて、何を話せばいいか戸惑っていたが、男性陣はいろんな話題を振って、会話を盛り上げてくれた。

「このあと、どうする?たまに行くバーが近くにあるんだけど…」

ちょうど2時間が経過し会計を終えた頃。梅ちゃんがみんなに提案する。

「ぜひぜひ〜!行きましょ〜!!」
「すみません、私は帰ります。終電が早くて…」

私は、いつも通り申し訳なさそうに申し出る。

わかっている。ここからの2軒目、3軒目こそ親密になるチャンス。だからいつも誰とも近づくことができない。

ただ、今日はいつもとは違った。

「あ、奈緒ちゃん!ちょっと待って」
「はい…」

私を引き留めたのは、志田っちだった。

「連絡先聞いてもいい?終電が早いなら、今度は夕方から飲もうよ!」

ふわふわのパーマとメガネが素敵で、密かに「いいな」と思っていたからテンションが上がる。

愛が「やったね!」と目で合図を送ってくれている。私は恐縮しながら志田っちと連絡先を交換し、帰路についた。

― 今日はもう少し居たかったなぁ…。

恵比寿駅西口から改札を通ったところで、私は自分の気持ちにハッとした。

― もしかして私、志田っちのこと…気になってる?

そう自分に問いながら、渋谷方面の山手線に乗ると、彼からメッセージが届いた。

『志田悠介:今日はありがとう。美容医療に関心がない女の子って新鮮で、奈緒ちゃんのこともっと知りたくなりました』

― 全く興味無いわけじゃないけどね。

そう心の中でツッコミを入れたが、彼から連絡が来たのは、正直言ってものすごく嬉しかった。

そして、彼との食事は日を空けずに実現した。



「ここは何を食べても美味しいから。奈緒ちゃん、食べたいもの選んで」

志田っちが連れてきてくれたのは、恵比寿にあるビストロ『アベス』

失礼ながらこのお店は知らなかったが、インテリアが可愛く、まるでフランスに来たみたいで、女心をくすぐられる。

私は、真サバのマリネと黒毛和牛のタルタルをリクエストし、あとは志田っちにお任せした。

辛口のシャンパンで乾杯して、真サバのマリネをいただく。

「わぁ、おいしい〜!」


私が感動していると、志田っちが私の顔をまじまじと見ながら言う。

「奈緒ちゃんってさ…天然美人だから医療美容に興味がないの?埋没すらやってないよね?」

「まいぼつ?あぁ、二重は生まれた時からこれです。でも、美人だなんて…愛の方が可愛いですし」

私がシャンパンを飲みながら言うと、志田っちは「奈緒ちゃんは優しいね」と笑った。

私は、スキンケアはドラコスだし、ファンデは買わずにトーンアップ効果がある日焼け止めで、年中済ませている。

自分のズボラな性格のせいなのだが、美のプロフェッショナルに褒められるのは、素直に嬉しいし、これからはもう少し気を使おうという気になる。

「…志田さんは、有名なドクターだし、仕事に誇りを持っていると思うんですけど、嫌になる時もありますか?」

メインの黒毛和牛クリのローストが運ばれてくるとほぼ同時に、私は聞いた。

ルーティンワークを淡々とこなす私のような人種とは、人生における仕事の比重が違う。だから知りたくなったのだ。

志田っちは「もちろん、あるよ」と即答した。

「でも、コンプレックスのせいで笑顔で過ごせない子が、明るくなるのは嬉しいから、続けていられるのかな。そのためにもっと技術を磨きたいって気持ちもあるよ、って優等生な回答すぎてキモいね」

「まさか!!素敵です」

私はもっと話が聞きたくて、旨みがギュッと詰まったお肉を堪能しながら、深掘りした。

聞けば聞くほど、彼の情熱と美容医療の奥深さを知れて、気づけばあっという間に3時間が経過していた。

「奈緒ちゃん、もう帰るよね?お家って埼玉の方だっけ」
「川越です。でも……」


私は、まだ彼と話がしたかった。

「あ!でも、今日は大丈夫です。明日休みだし、最悪タクシーで帰ります」
「それはつまり、まだ行けるってことかな」
「はい!」

私が答えると、志田っちは少年のように喜んでくれた。

さっきまで真剣に仕事の話をしていた志田っちとは、まるで別人で私の心は完全に彼に持っていかれていた。

今年の夏も後半に差し掛かっているが、大して夏らしいことは何もしていない。

このままだと、花火のようなインパクトのある出来事や、胸を焦がすようなハプニングに出会うことも、きっとない。

いつものように何事もなく過ぎていくだろう。

「終電で帰らない」っていう些細なことでも、私にとっては冒険だ。

― 普段とは違う行動をすることで、何か変わるかな。

今年は20代最後の夏。目の前のチャンスを自ら逃すのではなく、掴んでいく夏にしたい。恋愛の可能性だって、広がるはずだ。

そう思うとワクワクしてくる。

今夜は長くなりそうだ。


▶前回:「こんなもの…?」ずっと好きだった彼と結ばれた直後、26歳女がショックを受けたワケ

※公開4日後にプレミアム記事になります。

▶1話目はこちら:「東京オリンピックに一緒に行こう」と誓い合った男と女。7年越しの約束の行く末は?

▶Next:8月16日 金曜更新予定
同棲でマンネリ気味のカップルが久しぶりに浅草デートをしたら…

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この記事へのコメント

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No Name
来週はまた別の話みたいだけど一話完結でこんな終わり方でいいのか?
2024/08/09 05:1744返信3件
No Name
結婚願望有りの29歳実家暮らし、終電で帰るからずっと彼氏出来ず。タクシー代がもったいない、スキンケアはドラコスで....とか
そんな女が美容外科医との初デートで終電を逃しましたとさ。それだけ? 夏休みの絵日記レベル。
2024/08/09 05:2532返信2件
No Name
定時前にトイレに行き、トイレ出たら定時過ぎてる。
一日の最後、働いてないじゃん。
2024/08/09 07:1624返信1件
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