SPECIAL TALK Vol.96

~人と競うのではなく自然と対峙したい。未知への探究心が山への挑戦を支えている~


3度敗退したかつての目標にもう一度向き合った


平出:僕はそれまでも、「登山を続けていると、いずれ命を落とすかもしれない」と迷うことや立ち止まることがありました。ただ、谷口さんを失ったときのショックはそれ以上で、一番のどん底に落ち込みました。

金丸:親しい人を亡くすと誰でもショックを受けますが、登山のパートナーとなると、なおさらでしょうね。しかし、そのどん底から、平出さんはどうやって復活されたのですか?

平出:やっぱり山でした。過去に谷口さんと挑戦して敗退したヒマラヤ山脈のシスパーレという山に、もう一度登ろうと思ったんです。

金丸:どのような山なんですか?

平出:僕の登山人生で、ずっと目標だった山です。2002年に地図を片手に未踏峰や未踏ルートを探しに行った旅の中で、シスパーレは一番高くそびえて、一番遠くに見えました。「いつか、あの山頂に立てるような人間になりたい」と心に誓いましたね。最初に挑んだのは2007年でしたが、7,611メートルのうち6,000メートルくらいのところで引き返しました。

金丸:生半可な山じゃないからこそ、挑みがいがあるんでしょうね。

平出:まさに。2回目の挑戦は、2012年。それまでに僕は仲間を亡くしたり、僕を助けに来てくれた救助隊が二次遭難で亡くなったりと、いろいろな経験をしていました。それもあって、2回目も途中で引き返したけど、気持ちはすっきりしていたんです。

金丸:すっきり、ですか。てっきり悔しくてたまらないものなのかと。

平出:1回目はそうでしたね。自分の弱さを直視せず、「命をかければどんな山だって登れる」と吐き捨てて帰って。

金丸:失敗を失敗として受け入れられるだけの強さや余裕がなかった、ということですね。

平出:でも2回目は、「命をかけたって登れない山はある」ということを認めることができた。それだけ自分が成長したことをシスパーレが教えてくれた、と感じました。そして、谷口さんと挑戦した3回目では、僕は一度も振り返らずに山を降りました。「人生で登れない山があってもいい」と、諦めの境地からそう思いました。シスパーレのほかにも、世界にはたくさん山があるわけですから。

金丸:だけどもう一度、シスパーレと向き合った。

平出:はい。2017年に4回目の挑戦で、遂に登頂できました。が、とにかくハードでしたね。冒険家の本には、幻覚を見たり幻聴を聞いたりというエピソードがよく出てきます。僕は信じない方なんですが、このときは大雪が降る真っ暗な夜、テントの外から太鼓の音が聞こえてきたんですよ。

金丸:太鼓ですか!?それは平出さんを応援してくれていたとか?

平出:僕はそう思っています。横にいるパートナーに話しても、「何も聞こえませんね」と言われましたけど。

金丸:それほどまでに追い詰められたんですかね。

平出:でも、その太鼓の音が心の支えになりました。谷口さんなのかどうかは分からないけど、太鼓を叩いて僕を応援してくれている誰かがいる。それに体力的に厳しくて足が止まったとき、背中をそっと押してくれる気配も感じました。パートナーとふたりのはずが、3人で登っているような感覚があって。だからこそ登り切れたし、生きて帰ってこられた。これから先も挑戦を続けていこうと思えるようになりました。

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