SPECIAL TALK Vol.96

~人と競うのではなく自然と対峙したい。未知への探究心が山への挑戦を支えている~

令和のニューリーダーたちへ


ときには高さ2,000メートルを超えるような垂直の壁を前に、道なき道を登っていく、アルパインクライミング。

「登山界のアカデミー賞」とも呼ばれるピオレドール(金のピッケル)賞を日本人で唯一、3度も受賞しているのが、アルパインクライマーの平出和也氏だ。

平出氏は未踏峰や未踏ルートにこだわり、文字どおり道を切り拓いてきた。

大学時代まで登山と縁がなかったという平出氏がどのように山と出合い、なぜ「未踏」にこだわるようになったのか。

そして、失敗がつきものである登山に挑戦し続け、見えてきたものとは。

平出和也氏 長野県出身。少人数で荷物を軽量化してスピーディーに登るアルパインスタイルを得意とし、登山界のアカデミー賞といわれるフランス主催のピオレドール賞を日本人としては唯一の3度受賞。世界のトップクライマーのひとりとして評価される。また挑戦的な活動をする傍ら、未踏の世界の風景や他の冒険家たちの活動を記録する山岳カメラマンとしても活動している。


金丸:本日は登山家の平出和也さんをお招きしました。お忙しいところ、ありがとうございます。

平出:こちらこそ、お招きいただき光栄です。

金丸:今日の対談の舞台はミシュランの一ツ星フレンチ『ラペ』からスピンアウトした、日本橋室町のおでん屋『平ちゃん』です。『ラペ』で行っていた、おでんを提供する限定イベントがあまりに好評で、それがきっかけで生まれたお店です。フレンチの要素を取り込んだ、季節に応じたおでんをいただけるそうです。

平出:お話だけでなく、料理もとても楽しみです。

金丸:実は、平出さんとはもっと早い時期に対談する予定でした。ところが、「凍傷になってしまって」と連絡をいただきましたよね。そんな理由で延期になったのは初めてですし、心配したのですが、無事回復されたようで何よりです。

平出:今朝もトレーニングで20キロくらい走ってきましたが、年末から3〜4ヶ月ほどは寝たきりでした。両手両足のダメージは1、2年を棒に振ってもおかしくないくらいだったんですが。

金丸:そんなに深刻な状況だったんですか……。

平出:こうやってリカバリできたので、周りにも驚かれています。

金丸:驚異の回復力ですね。そのときはどちらに登られたんですか?

平出:カラコルム山脈の未踏峰です。パキスタンと中国の国境付近に位置する山なんですが、コロナ禍の影響でずっと登山ができずにいました。でも、ちょうどコロナが落ち着いたタイミングの、昨年12月にチャンスがあって。

金丸:未踏峰ということは、これまで誰も山頂まで登ったことがないということですよね。

平出:はい。登頂はできましたが、マイナス40℃くらいの低温下で。寒さへの対処は慣れていたけれど、今回は想定を上回る寒さで凍傷に。

金丸:それでも今年もヒマラヤに登る予定だそうですね。大変な目に遭ったのに、怖くないんですか?

平出:怖さは感じますよ。たとえば、下を見れば、2,000メートルくらいの垂直の壁が目に入ることもあります。

金丸:私は高所恐怖症なので、想像しただけでどうにかなりそうです。

平出:「もし落ちてしまったら」と考えたら、もちろん怖いです。だけど、それを乗り越えた先には、見たことのない世界があふれている。だから前に進めるんです。

金丸:好奇心が恐怖を上回るんですね。

平出:それに怖さ自体は悪いものじゃありません。20代前半の無鉄砲に登っていた頃は、あまり恐怖を感じていなかったように思います。でも勇敢だったわけじゃなく、「今、足元にこういう危険がある」と気づく能力が足りなかっただけだなと。それに、自分の恐怖心を直視しようとしていませんでしたし。

金丸:よく知らないからこそ無茶ができて、それが成功につながることは、ビジネスの世界でもあります。もちろん、取り返しがつかないくらい大失敗することもありますが。

平出:そうですね。管理された安全な環境ではなく、むき出しの自然に挑むということは、どこかで一線を越える必要があります。ただ越えた先には、「家に帰る」というゴールがないといけません。昨年末の登頂ではちょっと失敗して負傷してしまいましたけど。

金丸:「一線を越える、でも生きて帰ってくる」。とても重い言葉ですね。私をはじめ多くの人は、生命の危機にさらされるようなことはなく日常を生きています。今日は平出さんの生い立ちを伺いながら、普段は知ることのできない登山家の生き様に迫りたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

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