2022.08.20
SPECIAL TALK Vol.95やれることはやりきった宝塚を飛び出し未知の分野へ
金丸:日本のプロの劇団だと、劇団四季も有名ですよね。宝塚と劇団四季はどういう違いがあるんですか?
水戸部:劇団四季は基本的にロングラン公演です。『ライオンキング』『オペラ座の怪人』『キャッツ』など、もう何年も上演を続けていますよね。反対に宝塚は、毎回新作をやっているんですよ。そこが私にはすごく向いていました。
金丸:水戸部さん、飽き性なんですか?
水戸部:そうですね。だから毎回新鮮な気持ちで舞台に取り組めるのがよくて。新選組がテーマの日本ものの公演をやったと思ったら、次は『ウエスト・サイド・ストーリー』、その次は『ベルサイユのばら』や『銀河鉄道の夜』みたいに。
金丸:男役をやる上で、筋力以外にも苦労はありましたか?
水戸部:素の自分と全然違う役を演じなければならないところですね。たとえばテレビドラマだと、役柄と役者はだいたい似たような年代でキャスティングされるのが普通です。でも宝塚だと、性別も人種も年齢も違う役柄を演じるのが当たり前。男性だし、外国人だし、年も違う。ここまで違うから面白いとも言えるのですが。
金丸:演じるというより、もはや変身ですかね。男役の人は、私生活でも「男性然としていなさい」という世界だと聞きますが、長いことそんな環境に身を置いていたら、宝塚を辞めたあとも影響がありそうですね。
水戸部:そうですね。退団後はしばらくスカートがはけなくて、なんとなく1〜2年はパンツで過ごしていました。それよりも、周りからすると服装がすごく派手だったみたいで。ヘッドハンティング会社に勤めていたときは「水戸部さん、今日はパーティーがあるんですか?」と聞かれたこともあります(笑)。
金丸:そのときの服装を見てみたい(笑)。
水戸部:あとは、扉の開け方がおかしかったようですね。「水戸部さん、そんなにドアを全開にしなくていいんだよ」と。自分では気づいていなかったんですが、いちいち「バーン!」という感じで開けてたみたいで。
金丸:まるで舞台の登場シーンのような開け方に(笑)。しかし、宝塚を去るのはさびしくなかったですか?
水戸部:もちろん寂しかったですが、自分の中ではやりきったという感覚がありました。それよりも何か別のことに挑戦してみようと。でも、辞めてから改めて宝塚の良さがわかりました。隣の芝生は青く見えるじゃないけど、在籍中は気づきませんでしたね。舞台役者にとってあんなに恵まれた環境はないと思います。守られていますし、豪華ですし。
金丸:華やかで、衣装もすごいですよね。
水戸部:とにかく衣装部さんのプロ魂がすごいんですよ。「客席から見たらそんなのわからないんじゃない?」っていうくらい、演者が一番きれいに見えるように、一人ひとりに合わせて、袖丈もたとえ1センチだろうと直すんです。役者とスタッフが一丸となって、ファンの皆さんに喜んでもらえる舞台を作る。そのことだけに集中できる、本当に素晴らしい環境でした。
ヘッドハンティング、発達障害の方の就労支援、次々と新しいフィールドへ
金丸:宝塚を辞める時点で、その次のキャリアについて考えていたのですか?
水戸部:まったく考えてなかったですね。芸能界や映画の世界に憧れてこの道に入ったなら、タレントや女優としてのキャリアを考えたでしょう。でも私は、純粋に宝塚が好きだったので、辞めたときはまったくのゼロになりました。だから退団後は1年くらい充電しながら考えようと思っていましたね。
金丸:でも、水戸部さんにその気がなくても、周りから声がかかるんじゃないですか?
水戸部:女性向けの商品を扱ういくつかの会社からお話をいただきました。ただ、私は飽きっぽい性格なので、ひとつの製品やサービスを宣伝したり、何かひとつのことに集中したりするのは向いていないと思っていたので。
金丸:その点、ヘッドハンティング会社だと案件ごとに条件が変わるし、マルチタスクでいくつもの案件を抱えるだろうし、性格にはぴったりですね。
水戸部:そうなんです。高校卒業から宝塚の世界に10年以上いたので、世間知らずなことはわかっていました。だから、いろいろな会社を見ることができるのもよかったです。たまたまヘッドハンティング会社とご縁ができて、最初はアシスタントとして関わらせてもらい、その後「自分でやってみませんか?」というお話をいただいて、正式にコンサルタントになりました。
金丸:向いてる向いてないはさておき、経験もないのに飛び込んでいくチャレンジ精神はすごいと思います。ゼロから何かをやるって、怖じ気づいてしまうのが普通ですから。
水戸部:多分、怖いもの知らずなんですよ。生の舞台というのはハプニングがつきもので、臨機応変さが鍛えられたからだと思います。
金丸:自分より経験も才能もある人たちに囲まれて過ごしたとおっしゃいましたが、そういう環境を知っていると、ちょっとしたミスで恥ずかしい思いをすることくらい平気になるかもしれません。
水戸部:それに、同業の経験があると「前の会社では」と比べてしまうと思いますが、私は経験がないぶん、フラットに見ることができました。過去のやり方にとらわれることもなかったし、ほかの方のやり方に違和感があれば、「だったら私はこうしよう」と、どんどん工夫していくことができましたね。
金丸:それは、ゼロベースの強さでしょうね。
水戸部:転職は、条件面だけで決めればいいというわけではないですよね。すごく能力がある人でも、企業のカルチャーが合わなければ存分に力を発揮できません。私は間に入って、企業と人のどちらにも下駄を履かせず、「こういうところは魅力だけど、こういうところは欠点に感じるかもしれません」と正直に話すようにしていました。
金丸:それが本来の転職サービスのあるべき姿だと思いますが、コンサルタントの中には成績を上げることばかり考えて、「とりあえず条件のいいところに放り込んでしまえ」という人も少なくないのでは?
水戸部:そうですね。でもそれだと結局、すぐに辞めてしまうリスクが高くなります。きちんと定着して、当初の想定以上に活躍する方を紹介するほうが、企業も納得感があるでしょうし。だから私は、常に正直であることを心がけていました。
金丸:世間知らずとおっしゃったけど、業界に染められるのではなく、知らないなりに自分で方法を見つけて突き進んでいくという姿勢が素晴らしいですね。ヘッドハンティング会社には、何年いらしたのですか?
水戸部:7年くらいです。コンサルって、2、3年で別の会社に移る人も多いので、気づけば結構古株に。
金丸:きっかけが何であれ、やり始めると長続きするタイプなんですね。
水戸部:自分が納得するまではとことんやりたいタイプなんですよ。
金丸:飽きっぽいとおっしゃるけど、信念があるからこそ、これまでいろいろな分野で成果を残すことができたんだと思います。ところで、ヘッドハンティング会社から次の就労支援の会社に移られたのは、何がきっかけだったんですか?
水戸部:ひとつは仕事がハードだったことです。候補者の終業後に会いに行くことも多いので、世間一般の人が仕事を終える時間からコアタイムが始まるんです。だからプライベートや勉強時間の捻出も大変でしたし、だいぶ無理をしているのではと感じていました。もうひとつは、仕事の幅を広げたくて。エンジニアの採用をやっていたときに、特定の分野にものすごく能力のある発達障害的な要素のある方と接する機会があったんです。次第に興味を持つようになりました。
金丸:発達障害の方の中には、ほかの人が真似できないようなパフォーマンスを叩き出す人が結構いますよね。
水戸部:そうなんですよ。あとは「キャリアアップばかりがいいわけじゃない」と思うようになったことです。ずっとアップすることばかり考えていると、どこかで無理が生まれてしまいます。だから「キャリアステイがあってもいいんじゃないか」って。
金丸:なるほど。人生には落ち着いて考える時間も必要ですしね。
水戸部:私自身、より上の職位になることだけには興味が持てないんです。私は宝塚という、自分が一番やりたかったことを先にやってしまったので、その後は余生みたいなものだと思っていて。
金丸:宝塚のあとって、余生がめちゃくちゃ長いじゃないですか(笑)。
水戸部:でも本当に、きれいごとじゃなくて、自分にできることで人の役に立つ仕事がしたい、とずっと考えていますね。ヘッドハンティングされるような方って、私のようなエージェントがいなくても、いずれはよりよい職場で働ける人たちばかりです。だったら、エージェントの経験を生かして就職することが困難な方のお手伝いをしたいなと。
金丸:それで発達障害者の就職支援を?
水戸部:はい。福祉の世界は、ともすれば自己満足になりがちな世界ですが、私は発達障害の方がその突出した能力をきちんと評価されたり、逆に苦手な部分も理解してもらったり、能力に見合った報酬を得て、自立できるようにする、というところまでやりたいと思うようになりました。
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