満たされぬ妻
「澪、大丈夫?ああいうのは気にしなくていいと思うよ」
綾美が席を外したタイミングを見計らって、下を向く澪に声をかけてみる。
「大成さんにも…。あ、綾美さんのご主人なんだけど。私って、大成さんにまで心配されてたのね」
無理に笑顔を作ろうとする澪を見て、胸が痛くなる。と同時に、このときの僕はピンときてしまったのだ。
「ん?大成さん、って…」
外銀勤めの33歳。そういえば偶然にも、同じ名前の知り合いがいる。さっそく席へ戻ってきた綾美に、聞いてみることにした。
「綾美さん。失礼だけど、旦那さんって元々別の外銀にいて、部署異動とともに会社も変わられた人かな」
「え!そうです。どうしてジェームズさんがご存じなんですか…?」
ここである事実に、気づいてしまった。
綾美の夫と僕は、知り合いだったみたいだ。なぜならつい先日、ある食事会で一緒に飲んだから。
その場でも女の子に囲まれて楽しそうにしていたけれど、彼は「若くて可愛い彼女がいる」はずだ。
なぜならご丁寧に“若い彼女”と2人で撮った写真を見せてくれ、名前から何まで、たっぷりのノロケ話を聞かせてくれたから。
そう思うと、目の前にいる綾美が、一生懸命虚勢を張ってキャンキャンと吠える犬のようにも見えてきた。
「…綾美さん。今、幸せ?澪にそこまで激しく結婚を勧めるほど」
「も、もちろんですよ。だから、独身でいることがかわいそうだなと思って」
残念ながら、彼女の夫である“大成くん”とやらは、絶賛浮気中である。
そしてもっと悲しいのは「僕は独身だ」と言っていて、綾美の存在なんてないものにされている、ということ。
きっと彼女だって、夫の浮気に気づいているに違いない。でも外で虚勢を張ることで、心の安定を保っているようにも見える。
「そもそも、独身の何が悪いんだっけ。結婚したからといって幸せになれるわけでもないし、1人でも十分楽しめる時代だよ?独身だから不幸だなんて、そんな法則この世にはないと思うけどな」
結婚していようがいまいが、本人の自由。結婚しているから偉いわけでもない。
自分の満たされぬ思いを他人にぶつけて、そのことで優位に立ったと勘違いして満たされている女ほど、ダサイ生き物はいない。
「綾美さん…。人の心配をする前に、まずは自分の夫をちゃんと捕まえておいたら?せっかく掴んだ“幸せ”なんじゃないの?」
彼女の顔が引きつる。さっきまでの意地悪さがみるみるうちに消えていき、綾美は急に借りてきた猫のように大人しくなった。
「ジェームズ、ありがとう」
澪が、小声でそっと僕にお礼を言ってくる。
「No pro.澪は澪で、自分の幸せを掴むべきだよ」
こうして、僕は1人のマウンティング女を成敗したのだ。
…ただ、これを機に僕が“マウンティング・ポリス”として重宝されるようになるなんて、微塵も思っていなかった。
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この記事へのコメント
本当にその通りですね。
結婚した途端に、偉くなったような態度で独身を見下す人本当に多いから。