俊介と出会ったのは、友人の家で開かれたホムパだった。
彼は33歳。元々は外資系投資銀行に勤めていて、現在は会社を経営しているという。ぶっきらぼうな話し方だけど、どこか優しさを感じられ、素敵だなと思ったのが第一印象だった。
そしてその場で連絡先を交換し、二人で食事へ行くようになったのだ。
「愛美ちゃんって、本当に美人だよね。スタイルもいいし。モデルだっけ?」
「昔ちょこっとやっていました。今も少しだけ…。でも俊介さんの周り、綺麗な人多そうですよね」
「うーん、どうだろう。まぁそれなりに、みんな綺麗だよね」
— それなりに、か…。
彼の言う“それなり”とは、どの程度のことを指すのだろうか。きっと、相当なレベルだ。
東京には元タレントやモデルの卵など、素人ではない美女で溢れている。特に東京で遊んでいるトップ層の男性たちの周りには、そんな女性たちしかいない。
私も地元では、ちょっとした可愛い子で通っていた。でも東京に来て、私の外見なんて至って普通で、特別ではなかったことに気づかされた。
モデルをしていると言っても、別に超有名雑誌に載っているわけではない。ウェディング雑誌のモデルが主で、あとはSNS関係で頼まれる仕事が少し。これ以上モデルとして成功できないことくらい、自分でもよくわかっている。
28歳という年齢を考えても、今の中途半端な状況から抜け出すには、もう結婚しか術がない気がしている。
「俺さ、結婚するなら綺麗な人がいいんだよね。だって子どもに遺伝子残るわけだし。愛美ちゃんはその点、最高だね」
彼の口から“結婚”という言葉を聞いたとき、私が舞い上がったのは言うまでもない。
だから私は必死だった。俊介の期待に沿えるように。そして、このチャンスを逃さぬように。毎回のデートは気合を入れて挑んだ。
デート前は、食事を酵素ジュースに置き換え。マツエクもネイルも完璧な状態にしていたし、華やかで美人なオンナを演出していた。
そんな努力が報われたのだろうか。
数回デートをした後、気がつけば、俊介とはお互いの家に泊まりあう仲になっていたのだ。
「ねぇ俊介。この関係って、なんだろう」
一度だけベッドの上でまどろむ俊介に聞いたことがある。本当は、コトが済む前に聞いておくべきだった。でも無駄なプライドと遠慮が邪魔をして、私は聞けずに終わっていたのだ。
— 彼女ってことでいいんだよね…?
毎週末のように会っているし、嫌われてはいないはず。そもそも、私の”外見”を彼は好きだと言っている。
けれど俊介の口から飛び出したのは、望んでいたものとは違う言葉だった。
「俺さ、縛られるのが嫌いなんだよね。それに今の関係性って、ちょうどよくない?」
ショックで何も言えなかった。
もっと、自分に自信があったらよかったのかもしれない。自分は特別だと思えるような強さがあれば違ったのかもしれない。
でも今の私は仕事面も含めて不安定で、自分が何者なのか、何をしたいのか毎日手探り状態だ。
結婚できるかどうかもわからず、不安だけが募る。だからとにかく安心できる材料が欲しかった。東京で生きて行く術が欲しかった。
俊介とのことは、中途半端な生活を救ってくれる最後の砦だと思っていたのだ。失うのが怖くて、繋ぎとめておきたくて、私は彼に作り笑顔を向けた。
「そっか。そうだよね」
「やっぱり愛美はイイ女だな。そうだ今度さ、俺の友達とみんなで飲まない?誰か友達も連れてきてよ」
それだけ言うと、俊介はもうそっぽを向いて寝てしまった。
ふと手元を見ると、ネイルした爪が根元から数ミリ伸びている。純白のシーツの上に似つかぬ、微妙に伸びた赤いネイル。その手は非常にバランスが悪く、不恰好だ。
「こんな中途半端なら、いっそのことネイルをしてない方がいいのかも…」
静かな部屋で、ひとりつぶやく。
それは、今の私そのものだった。
この記事へのコメント
正にそうです!
1話完結で文章も読みやすいので今後も楽しみです。
次行こ〜、次!
とりあえず曖昧な関係から卒業できてよかったですよね。