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俊介からドタキャンを食らった翌日。私は、ネイルサロンに来ていた。
この前俊介に会った日に感じた虚しさから、卒業しにきたのだ。
「あの、次のネイルはいいんですか?これから夏ですし、ホワイト系もオススメですけど…」
「いえ、結構です。オフだけお願いします」
ネイリストさんが勧めるのを押し切り、ジェルネイルをオフすることにした。気づけばここ10年、私の爪にはずっと人工的なコーティングがされていたのだ。
“爪の綺麗な女は、イイ女”。
そう信じて、ジェルネイルを続けてきた。だけど俊介からのドタキャン電話を受けた後、ガチガチに固められた爪先が急にチープに見えたのだ。
「自分を、取り戻したいんです」
「え?」
ネイリストさんが不思議そうな顔をしているのを横目に、私はどんどん剥がれていくジェルネイルを見つめた。
最近出かける機会も減り、セルフネイルグッズも充実している。私の周囲でも、ネイルをやめた人が増えている気がする。
やめるなら、今だ。
今が最高のタイミングだ。
「はい、終わりました」
久しぶりに見た、簡素でヌーディーな自爪。
ずっとジェルネイルを続けてきたせいか、爪はすっかり薄く、もろくなっていた。
「私の爪って、こんなに薄かったのか…」
でも、どうしてだろう…?なんの飾り気もない自分の手元を見ると、錆び付いていた重い鎧が、ゆっくり剥がれていく気がする。
ずっと、自分と向き合うのを避けてきた。裸になったら何もない自分が恥ずかしくて、隠すためにとにかくずっと着飾って、自分を守ってきた。
— 傷つきたくない。負けたくない…。
でも、もう限界だ。愛想笑いを繰り返していくうちに、私の心はすり減っていたようだ。
ネイルサロンを後にすると、携帯を取り出してメッセージを送った。
愛美:俊介、私のこと好き?
どうして、こんな簡単なことが聞けなかったのだろうか。たった一言でいいのに。
— 私は、自分のことを好きと言ってくれる、大切な人と一緒にいたかっただけ。
既読はついても返信のない携帯を見ながら、私はもう一度、ネイルオフした指先を見つめる。
見栄のためだけに、心に嘘をつくのはやめよう。自分をすり減らすような恋愛も、やめよう。…そして素の自分を、愛そう。
消毒続きで少し荒れた手を見ながら、そっと自分で自分の手を握りしめる。
「サヨナラ、俊介」
人は、変わりたいと願う生き物なのかもしれない。以前の私だったら、何も言えなかった。面倒な女になりたくなくて、言いたいことも我慢していた。
でも、そんな自分は卒業。
本来の自分に自信を持って、ありのままの自分を受け入れて肯定すると、以前より強くなれる気がする。
「よし!次は絶対、幸せになるんだ!」
見上げた東京の空は、雲ひとつない快晴だった。
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自暴自棄になった女を、救ってくれたモノとは?
この記事へのコメント
正にそうです!
1話完結で文章も読みやすいので今後も楽しみです。
次行こ〜、次!
とりあえず曖昧な関係から卒業できてよかったですよね。