【今こそ読みたい】日本の名だたる経営者達は、いかに苦境を乗り越えたか?66人インタビューの全てを掲載!

加藤百合子氏 エムスクエア・ラボ代表取締役

加藤:それが遊んでばかりで、まったくしませんでしたね。でも6年生のときに、中学受験がしたいなと思って勉強を始めたら、すっごく楽しくて、受験が終わっても勉強していたほどハマりました。

金丸:中学はどちらに?

加藤:東京女学館中学校です。「白いセーラー服がかわいいから」と父に薦められて。

金丸:東京女学館は、お嬢様学校というイメージがあります。当時の加藤社長とはちょっと違うような……。

加藤:実は肌が合わなくて中退したんです。地元の公立中学に戻り、高校は慶應義塾女子高等学校に進学しました。

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三國清三氏 オテル・ドゥ・ミクニ オーナーシェフ

三國:きょうだい全員高校に行けなくて、みんな中卒。でも目の前が海だったから、食べ物だけは豊富でしたね。浜辺に打ち上げられたホヤをおやつ代わりに食べたり、アワビやウニを食べたり。ウニなんて毎日だから飽きてしまって、焼いたり蒸したり工夫してました。

金丸:本当に贅沢ですね。

三國:食べ物の英才教育ですよ。なかでもホヤは、僕にとって特別で。

金丸:というのは?

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迫本淳一氏 松竹株式会社 代表取締役社長

迫本:案の定、ダブルスコアで負けてしまいました。そしたら、川上先生に「キャプテンは誰だ? ちょっと来い!」と呼ばれて。これは怒られると覚悟していたんですが、「慶應、悪くないじゃないか」と。「うちのチームから半分得点を取れるところは、東京にない。ここに練習に来い!」と言ってくれたんです。嬉しかったですね。それから一緒に練習させてもらうようになり、3年生のときには、まったく無名だった慶應が、神奈川県で優勝して創部以来初めてインターハイに出場しました。

金丸:すごい!! たった1年で!そんなに強くなるんですね。

迫本:もう徹底的にやりましたから。後にも先にもインターハイに出場したのは、僕の代と、僕の弟が2年、3年のときの3回だけです。

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御手洗瑞子氏 株式会社気仙沼ニッティング 代表取締役

御手洗:宮城県の気仙沼で「気仙沼ニッティング」という手編みのセーターやカーディガンを製造、販売する会社の代表をしています。創業は2012年で、気仙沼で暮らす約60人の編み手さんが、一枚ずつ手編みでつくっています。高品質で一生もののセーターになるとお客様には大変好評で、オーダーメイドの商品はいま約200人待ちの状況です。

金丸:すごいですね。今日御手洗さんが着ているセーターも素敵ですね。

御手洗:ありがとうございます。これは「バーニーズニューヨーク」とコラボレーションしたアイテムです。

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宗次德二氏 カレーハウスCoCo壱番屋 創業者

金丸:そこから「ココイチ」をはじめたのは、何がきっかけだったのですか?

宗次:さらに売上げを伸ばすために、出前をはじめたことですね。ご飯もののメニューがなかったので、何かないかなと考えたとき、すぐ思い浮かんだのが、妻が家でつくるカレーでした。缶詰でもレトルトでもない、妻がつくる皿カレー。あれが美味しかったので、みなさんにも食べてもらいたいと。それで出前をはじめたら、あっという間に人気メニューになってしまって。次にお店を出すときは、カレーの専門店にしようと心に決めました。

金丸:でもカレー一本に絞るというのは、かなり勇気が入りますよね。

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