チャットは数秒ののちに既読となり、すぐに彼女が何かを入力しているらしき表示が出た。
僕は胸を高鳴らせながら、メッセージの到着を待つ。
すると次の瞬間、心浮かれずにはいられない言葉が届いたのだ。
“え…それ本当!?私も、加藤くんのことが好きだったよ。加藤くんが私の初恋の人♡”
−私の初恋の人♡−
なんて甘酸っぱい響きなのだろう。
数々のハイスペ男と出会ってきたであろう木下百合のような美女が、20年以上も会っていない同級生のことを覚えてくれていただけでも驚きなのに、ハートマーク付きでそんなことを言ってくれるなんて。
しばし余韻に浸っていると、続けざまにメッセージが届いた。
“プロフィールで勤務地が加藤歯科医院になってるってことは、加藤くん歯医者さんになったんだね!すごいね。ご実家を継いだのかな?今も麹町に住んでるの?”
僕の実家が歯科医だってことまで、覚えてくれていたとは。
“そう。俺、長男だからさ。家は九段下のマンションに住んでるけど”
そして浮かれた気分のまま即レスする僕に彼女がよこした返信は、まるで運命さえ感じさせるようなものだった。
“びっくり!私も今、九段下に住んでるの”
“え、そうなの!?”
その後のやりとりは、すごい偶然だね〜!と盛り上がったところで終わった。
しかしどういう風の吹きまわしか、彼女の方からちょくちょくメッセージが届くようになったのだ。
“加藤歯科医院のホームページ見たよ。加藤くん、めちゃくちゃかっこよくなっててびっくりした!初恋の人として、誇らしい気持ち♡”
それは一見、社交辞令にも見える。しかし見ようによっては、誘っているように見えなくもない。
僕は結婚当初に妻からの指示でFacebookのステイタスを“既婚”に変えてある。木下百合もおそらくそれを目にしているはずだが…。
ちなみに、彼女の方は結婚しているかどうか定かではない。
というのも、僕のように特にステイタスの設定もしておらず、タイムラインを遡ってみても決定的な投稿が一つもないのだ。
載せられているのは女性と一緒の写真ばかり。もしかすると、意図的に男の影が消されているのかもしれないが。
危険な香りがする。
しかしその香りが濃厚であればあるほど、男という生き物はそれを無視することができない。
別に今更、何をどうこうしようというわけではない。
しかし実年齢は5歳年下の妻と比べても圧倒的に若く美しい女と、なんとなく艶のあるやりとりができるのは正直、気分が上がる。
結婚して5年。2年前には娘も生まれ、医院の経営も家族サービスも精一杯、卒なくやってきたつもりだ。
ちょっとした非日常を味わうくらい、許されてもいいだろう?
何度となくやりとりを繰り返すうち、少しずつハードルが下がっていたことは間違いない。結局は僕の方から、彼女に誘いのメッセージを送ってしまったのだった。
“俺だって、木下がますます美人になってて驚いたよ。平日夜は忙しい?せっかく繋がったんだし、時間が合えば食事でもどうかな?”
夫婦の秘め事
−この人だけを一生愛し続ける−
そう心に誓った日は、もう遠い昔…。
結婚生活が長くなれば、誰にだって“浮つく瞬間”が訪れるもの。美男美女が行き交う東京で暮らすハイスペ男女なら尚更だ。
では、東京の夫/妻たちは一体どうやってその浮気心を解消し、家庭円満を維持しているのか。
これは、既婚男女のリアルを紡いだオムニバス・ストーリー。
この記事へのコメント
「さっき院長夫人から探り入ったんだけど。」
「院長、浮気バレてるwww」
ってバカにされてそう。