本命じゃない、仮の“ピース”で心の隙間を埋めたところで、余計に虚しくなるのは知っている。
それでも金曜の24時、今日はこのまま家に帰るよりも誰かといたくて、私は指定された『Wine&Champagne Casual Bar 天現寺 stay』へと向かうことにした。
「ごめんね、待った?」
5分後くらいにやって来た裕也を見て、私は曖昧な笑顔を浮かべる。少し酔っている裕也は一生懸命話してくれるし、彼はとてもいい人だ。それに何より、こうして誰かといると寂しくはない。
しかし一瞬、お店の音や会話がフゥっと消えて、こんな喧騒の中に私はまるで独りぼっちかのような気分になる。
私は、今何をしているのだろうか。
「お姉さん、顔につまらないって書いてますよ」
裕也がお手洗いに立ったタイミングで、急に見知らぬ男から話しかけられた。
「え?私ですか?」
左隣の席を見ると、若い男性がこちらをじっと見つめている。切れ長の目に、横から見ると綺麗な顎のライン。細くて美しい指先に思わず視線が奪われる。
「そうだよ。あの人、あなたを必死に口説こうとしているのに、上の空だと可哀想ですよ。名前は何て言うんですか?」
「美佳です」
「ふぅ〜ん、美佳さんね。僕、栗原です。栗原祥太朗。気が向いたら連絡ください」
—ん?・・・栗原祥太朗?
どこかで聞いたことある名だ。差し出された名刺を見ながら、“あれ?どこかで...”と聞こうとした時に、騒がしく店の扉が開いた。そこには目を奪われるほどの美女が立っており、祥太郎の方へ真っ直ぐやって来た。
「ショウちゃん、お待たせ〜♡連絡くれて嬉しい♡」
そう言ってその女性は祥太朗の隣に座り、ベタベタし始め、そして1杯飲み終わるや否や二人は席を立ち、仲良く腕を組んで夜の街へと消えていった。
その間、約5分。あまりにもあっという間の出来事で、ただ呆気にとられる。すると裕也が戻って来て、「どうかした?」と私の肩に手をまわしてきた。
―寂しいからって、私、何やっているんだろう・・・。
私は、ずっと信じていた。
大人になれば大好きな人と自然に結婚して、子供が生まれて幸せな家庭を築く、と。
幼い頃から何の疑問も抱いていなかった。それなのに、今の私はそんな当たり前のことが何もできていない。
「この後どうする?」
「今日は帰ります」
裕也の誘いを丁重に断り、タクシーに乗り込んだ。楽しい時間を過ごせたはずなのに、どうしようもない虚しさと、余計な寂しさがこみ上げる。
空を見上げると、綺麗な満月が光っている。私は祥太郎から渡された名刺を、今一度暗い車内で見つめ直した。
「栗原祥太郎・・・何者なんだろう?」
—この東京に、愛なんてない。
この時の私は、この街で愛を探すことを半ば諦めていたのだ。
そして一見何不自由なく楽しそうに暮らしている祥太郎も、同じように恋愛できなくて悩んでいるのだと知るのに、そう時間はかからなかった。
▶NEXT:12月27日木曜更新予定
祥太郎の正体とは?この街で埋められぬ寂しさの行方とは
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この記事へのコメント
せっかく時間合わせて友達といるのに、一人でも見られるもの今見る必要ある?って言いたい。すごく相手に失礼な気がする。
もっといい人がいる!
笑顔を取り戻して、福を引き寄せて幸せになって。
「可哀想な自分」から脱皮しよう。
シングルマザーの祈りでした。