「親を大事にしろ」
人はそう、口を酸っぱくして言うけれど。
生まれてくる親を、子は選べない。
名誉や金にすがった親の“自己愛”の犠牲となった、上流階級の子どもたち。
代々続く地方開業医の娘として生まれた七海(31)も、そのうちの一人であった。
父の死をきっかけに、母は本性をあらわした。そんな母との関係に苦悩する女の、“幸せをかけた闘い”が幕をあけるー。
「…七海?ああ、やっと通じた!」
スマホから聞こえる母の声は、かなりの苛立ちを帯びている。
「さっきからずーーーっと電話してたのよ!何しているの?」
取引先のビルを出ると、クーラーの効きすぎた室内から一転して、うだるような暑さに包まれた。容赦なく照りつける太陽を吸収したアスファルトは、湿気を帯びた熱を放っている。
「ママ。何って、仕事に決まってるじゃない。平日の午前11時だよ…」
私は呆れて言葉を返す。
取引先と打ち合わせをしている間も、ポケットの中でマナーモードのスマホが、鳴ったり止んだりを繰り返しながら10分近くは振動していたのだ。
「聞いて、七海。お姉ちゃんったらね…」
「聞いて、七海。叔母さんったらすごく失礼なのよ…」
「聞いて、七海…」
とりとめのない話に私は「そうなのね」「大変だったね」と相槌を繰り返しながら、頃合いを見計らって口を挟む。
「ママ、ごめんね。私、そろそろ会社に着くから」
まだ何か話し足りなそうな母の様子に気がつかないふりをして、電話を切った。
お願いだから、仕事中は勘弁してほしい。平日も仕事中も関係なく、こうして母から“緊急でない”電話がかかってくるのはほとんど毎日のことだ。
かといって休日も休日で、朝の8時前から電話がくる。けたたましい着信音で叩き起こされ、2時間近く不毛な愚痴を聞かされ続けるのだ。
でも、私が母からの迷惑電話に冷たくしきれないのには理由があった。
なぜなら、母がこんな風になってしまったのは、約1年前のこと。
1年前のある日、私の父が帰らぬ人となったのだ。母にとって全てであった、父が。
それは、あまりに突然のことだった。
この記事へのコメント
特に東カレっぽくない内容、テーマでいまいち。
もう少し東カレらしい小説増やして欲しいです。