ごく普通の秀才、茂手木卓
―電卓のタクちゃん―
細かな記憶はないが、小学校のころ、僕はそう呼ばれていた。
大阪の枚方(最近では“ひらかたパーク”で有名)という町の、両親は揃って銀行員というごく普通の幸せな家庭で育った僕は、優れた計算能力を持つだけではなく、とても勉強ができたのだ。
父がそろばんの有段者で、幼少期から教えてもらったり、母の教育方針でテレビよりも図鑑や本に触れる時間が多かったことが影響したのか、特に苦労することもなく、難関といわれる灘中学に入学した。
中高では生物部に所属し、同じような思考回路をもつ部員と過ごす時間はとても充実していたのを覚えている。
思春期を迎え、女に興味がないわけではなかったが、恋愛とは無縁の学生生活を送っていた。そんな自分に転機が訪れたのは、高校2年の春だっただろうか。
文化祭で淡水魚の説明をしている時、僕の目の前で、女子が数人立ち止まったのだ。
どうみても“メダカの保護育成の実態”の発表に興味があるようには思えなかったが、久しぶりに見る女子というふんわりとした生き物に緊張しながら、早口で説明を終える。
「…な、何か質問はありますか?」
揃ってメガネをかけた少年たちが一斉に手を上げる中、去っていく女子たち。そのうちの一人が、こうつぶやいた。
「オタクじゃん。」
…その言葉は、大きなトラウマとして心に残ることになった。
そしてあれ以来、『電卓のタクちゃん』ではなく『オタクのタクちゃん』と自覚した僕は、ストレートで京大理学部へ進み、邪念を振り払い生物学に没頭。
半ば強制的に入らされたインカレサークルの飲み会には何度か顔を出したが、他校の女子とはうまく話すことができず、次第に誘われることもなくなった。
最初のうちは、彼女持ちとなった友人が羨ましく、話術を研究したり、服装を模倣してみたりしたが、何をやっても所詮はオタクなのだ。
―笑いものになるくらいだったら、こっちの世界で勉学に没頭しよう。
俗世からの解脱を図ってからは「女子と話したい」という願望すらなくなったと思っていた。
あっちの世界の勝者、速水慈英(ジエイ)と出会うまでは。
この記事へのコメント
なんかほっこりするキャラクターの主人公だな♡連載楽しみです。