私の理想像
「お先に失礼します」
一般職とひとくくりに言っても、業務内容は様々だ。同じ会社であっても、例えば営業アシスタントなんかに配属されればそれなりに忙しく、残業もしないわけにいかない。
しかし運よく役員付き秘書に配属されたおかげで、私はほとんど残業ナシ、毎日18時には帰宅できてしまう。
満面の笑みでおじさま達に挨拶し、私はいそいそとオフィスを後にした。
そして足早に、とある場所へと向かう。
ある場所…それは、私が学生時代からずっと憧れている、美人料理家の豪邸だ。
「あらシバユカちゃん、いらっしゃい。来て早々に悪いんだけど、急いでテーブルを整えてくださる?」
広尾の、閑静な住宅街にある一軒家。
広々としたLDKに足を踏み入れると、中央に配された大理石のアイランドキッチンから、品の良いよく通る声が響いた。
「留美先生、遅くなりました。すぐ整えますね!」
留美先生はこの、まるでモデルルームのような自宅で、お料理教室「Rumi’s Table」を主宰している。彼女はまだ30代前半、しかしいくつものレシピ本を出版している有名料理家だ。
その美貌と知性を感じさせる立ち居振る舞いから、最近はメディアにも頻繁に登場して活躍の幅を広げている。
私は、学生時代から密かに留美先生に憧れていた。
どれほど憧れていたかというと、彼女のSNSやブログは欠かさず全部読み込んでいたほど。
そして彼女が自分と同じ慶應大学出身であることを知ってからは、勝手に親近感さえ感じていた。
そして、大学3年生のある日のこと。私にとって、運命とも言える出来事が起こる。
留美先生のブログに「アシスタント募集」の文字を見つけたのだ。
—これだ!
私はいてもたってもいられず、まだ大学生かつ未経験にも関わらず、勢いだけで留美先生に連絡をとった。そして、無謀にもアシスタントに手を挙げたのだ。
採用されたのは、まったく奇跡としか思えない。
しかしその奇跡のおかげで、私は留美先生のアシスタントをしながら、今もこうして料理家になるための勉強を続けさせてもらっている。
用意されたジノリの器をプレイスマットに並べていた時。奥のリビングでお絵かきをしていた留美先生の娘が、シッターらしきアジア系女性に呼ばれて飛び跳ねながら部屋を出て行くのが見えた。
2歳の可愛い女の子。
私はその、豊かで、幸せいっぱいの光景に感動すら覚える。
お料理教室を開催することを前提に新築したのだという、この広尾の豪邸。好きな仕事をして、幸せな家庭を築き、そして可愛い娘までいる。
−留美先生こそ、私の目指すべき理想像だ。
彼女のような生き方をするには、どうしたらいい?
初めて出会った日から、私はそれをずっと考え続けていた。
そして辿り着いた結論こそ、“結婚ありき”の人生設計だったのである。
▶NEXT:2月27日 火曜更新予定
婚活に勤しむシバユカだが、ある残酷な現実を目の当たりにする。
※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。
東京カレンダーが運営するレストラン予約サービス「グルカレ」でワンランク上の食体験を。
今、日本橋には話題のレストランの続々出店中。デートにおすすめのレストランはこちら!
日本橋デートにおすすめのレストラン
この記事へのコメント
原作の期待を裏切らず面白くなりますように!