恋愛中毒 Vol.15

恋愛中毒 最終回:「快楽とは、苦痛を水で薄めたようなもの。」恋に溺れた人妻の、最後の選択

人妻が恋するのは、罪なのか。

裕福で安定した生活を手に入れ、良き夫に恵まれ、幸せな妻であるはずだった菜月。

結婚後に出会った彼は、運命の男か、それとも...?

人妻の菜月は、独身の達也と出会い恋に堕ちてしまう。禁断の関係は夫にまで知らるが、二人はめげずに愛を誓った。そして菜月はとうとう離婚を切り出すが、達也が海外赴任を隠していたことを知り、だんだんと我に返り始めた。


「菜月さんは、相変わらずお料理が上手ねぇ」

義母に“さん”付けで呼ばれるたび、菜月は胸がチクリと痛んだ。

―菜月さんー

かつて、同じ呼び名を何度も耳元で囁かれた記憶が、淡く蘇る。

宗一の母親は、名古屋から友人と歌舞伎を観にやって来たついでに息子夫婦の家に寄った。にこやかで感じの良い初老の婦人は、大粒のパールを胸元に輝かせ、菜月の手料理をつついている。

「これ、本当に美味しいわ」

見ためは華やかに見えるが、実は大して手のかかっていない、寿司桶のまま食卓に並んだちらし寿司。新婚間もない頃、料理教室で習ったおもてなしレシピだ。

「そうなんだよ。菜月の料理は、まったく飽きないよ」

義母の向かいで、宗一は爽やかに答えた。

―なっちゃんは、結局何も失わなかったんだね。本当に、昔から要領がいいよねー

偽善的な笑みを浮かべながら、菜月は親友の美加の言葉を思い出す。傍から見れば、まったくその通りだろう。

心の隅で唸りを上げようとする感情を抑えながら、義母と夫のためにデザートとコーヒーの準備をする。

「本当に、いい奥さんだこと」

菜月が恋に溺れたことを、義母はもちろん知らない。正気を失うほど身を窶し、そして、その恋を失ったことも。

物理的には何も失ってはいなくとも、今の菜月は、何も持っていない状態に等しかった。

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