夜が明けたばかりの、港区六本木。
ほんの少し前までの喧騒とは打って変わり、静寂が街を包み込むこの時間。
愛犬の散歩をする主婦や、ランニングに勤しむサラリーマン。さらには、昨晩何かがあったのであろう男女が気だるく歩いている。
そしてここは、六本木駅から少し離れた場所にあるカフェ。
AM9時。この店では、港区で生きる人々の“裏側の姿”があらわになる…。
Vol.1:由里子(30)「夫が突然、朝ご飯はいらないと言ってきて…」
「なあ、由里子。明日からしばらくは早めに出るから、朝食はいいや」
「えっ、なに?忙しいの?」
東南向きのベランダに日の光が差し込む、朝9時。夫の将也はいつもこの時間にのそりと起きてきて、経済新聞を片手に朝食を食べるのが日課だ。
夫の起きる時間に合わせてコーヒーをいれ、厳選したオーガニックサラダを出すも、将也がそれに全く興味を示さないことにももう慣れていた。
なのに、今日はその“いつもの朝”と少し様子が違ったのだ。
「んん、まぁ。というより今度担当する新規案件の市場リサーチを、仕事前にしておきたくてね」
敏腕の経営コンサルタントとして、業界内では少しずつ名が知れ始めている将也は、24時間のほとんどが仕事に侵されている。
なるほど、そういうことなら…。と納得した私は、夫を快く送り出した。それに朝寝坊できるのは、自分にとってもありがたいことだから。
それもあって玄関でトントンと靴のつま先を鳴らす将也の後ろ姿が、どことなく浮かれ気分であることすら特段気にも留めなかった。
◆
こうして朝食を作らない生活が始まって、2週間。最初の2、3日は朝寝坊を堪能していたけど、最近はそれにも飽きてきた。
― あ、そうだ。気になっていたカフェのパン、食べに行こうかな。
家の近所にある、カフェ。自家製クロワッサンが美味しいと有名な店だが、近くにあるからいつでも行けると思い、一度も足を運んだことはなかったのだ。
白シャツにスキニーパンツ、上からマックスマーラのコートをサッと羽織ると、ミッドタウン方面へと向かう。
…しかし、入り口のドアに手をかけようとした瞬間。
ある光景が目に入り、私はその場から動けなくなってしまった。
この記事へのコメント