2023.03.21
AM9時、六本木のカフェで Vol.1「おはようございます」
「えっ!?…おはよう、ございます」
待ち合わせに突如訪れた私を見て、戸惑いながらも状況を察した彼女は、気まずそうに挨拶をしてきた。化粧っ気のない彼女は見た目こそ地味だが、端正な顔立ちをしている。
「将也の妻の、由里子です。最近、夫があなたにお世話になっているそうで」
挨拶をしつつ、スモークサーモンのオムレツとコーヒーを注文する。まさかこんな形で、気になっていたお店のモーニングにありつくとは…。
だけど余裕ある姿で、この場に臨みたかったのだ。
「誤解を招くような行動をとってしまった私にも責任があるのですが、本当に将也さんとの間には何もありません。…それどころか、将也さんは奥様のことを心から愛しています」
「だからって夫婦間の問題を、あなたに相談するのは…」
「いい気はしませんよね。でも、ほかに相談できる人がいなかったって。将也さんが由里子さんを抱けなくなってしまったのは、恐らく由里子さんへの劣等感によるところが大きいかもしれません」
妻としての矜持を見せつけるつもりが、逆に彼女から指摘をされて言葉に詰まってしまう。同時に、思いもよらなかった意見に戸惑った。
「…劣等感?どういうことかしら」
「実際にお会いして確信しましたけど、由里子さんはしっかりされてますよね。容姿はもちろん、生き方が自信に満ち溢れている感じ。だからかな、その完璧さにずっと気負いしているみたいです。
ガッカリされないようにしなくちゃ、って肩肘張ってしまうというか。すると、夜の生活も義務的なものに感じると言っていました」
正直、ギクッとした。
将也に恥じない妻になりたい。そう思って、若々しさを保つために美容に力を入れてみたり、手料理を頑張ってみたりしてきたこと。
そんな努力がいき過ぎて、夫にキツく当たることもあった。
ちゃんとしなくてはいけない。その気持ちが、目には見えない緊張状態を作っていたのだと。
癪だけど、彼女から伝えられたことには身に覚えがあったのだ。
彼女が将也をどう思っているのか、本当のところはわからない。だけど彼女は純粋に、私たちがいい方向へ進むような解決策を模索してくれたのだった。
◆
帰宅すると出社時間をとうに過ぎているにもかかわらず、将也が自宅で待ち構えていた。
私が勝手にスマホを盗み見たこと。そして内緒で、彼女に会っていたこと。そのすべてを夫は責めることなく、むしろ謝ってきた。
「ごめん。本当に話さなくちゃいけない相手は由里子だってわかってた。でも、向き合うのが怖くて他人に相談したんだ」
「そうね、最初に話してほしかったわ。…でも、私も気軽に弱音を吐けないような雰囲気を作ってたよね」
そのままソファに腰かけている将也に近づき、正面からギュッと彼のことを抱きしめてみた。
「…私ね、本当は不健康なジャンクフードも大好きだし、できることならスッピンで1日ダラダラ過ごしたい」
「えっ!?何、急に」
「だからね、お互い頑張り過ぎずに楽しく暮らそう。将也が多少カッコ悪くても、全然いい。本当は、将也の笑顔が見られればなんでもいいんだ」
それから私たちは、2人の関係をより良いものにするために3つのルールを作った。
それは、毎日の一緒に朝ごはんを食べること。その時間は2人の会話を大事にすること。
そして悩みがあったら、包み隠さず正直に話すこと。
レスを解消するとかじゃなくて、まずはそこから。もう一度やり直してみようと思ったのだ。
リビングに、春を知らせる暖かい日の光が差し込んでくる。これから毎日どんな朝を過ごそうかと考えて、私はワクワクするのだった。
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