真新しいバッグや巻き髪が、そしてなにより、バッグに忍ばせていたBurberryのマフラーのプレゼントが、とても滑稽に思えました。
「なんでよ。私、すっごい楽しみにしてたのに」
すると彼は、面倒そうな表情でぼそっと言いました。
「ごめん、希依。もう無理だ」
彼との初めてのクリスマスは、お互いに大学4年生で、テーマパークで朝から夜まで遊びほうけました。2回目のクリスマスは、「社会人になったしちょっと贅沢しよう」と、日本橋でフレンチを堪能し、そのままマンダリン オリエンタル ホテルに泊まりました。
そして、3回目のクリスマス。
渋谷のタクシー乗り場で「もう無理だ」と言われたわけです。
気づいたら三軒茶屋の部屋にいました。どうやって帰ったのかは、覚えていません。
食欲がなくてチキンを食べることもできず、数日が経過。気づけば彼とのLINEトークには「メンバーがいません」との文字が表示されていました。
大学時代の共通の友達に聞いて回っても、誰も、彼の消息を知りません。彼の勤務先に問い合わせようかと何度も思ったけれど、さすがに自重しました。
別れ際の、彼の面倒くさそうな表情だけが、スクリーンショットの静止画のようになって思い出されて…。
でも、おかしいな、と今でも思うんです。
だって彼は、その年の秋までは、神さまみたいに優しい人でした。
だけれど、あのイブの日、彼は、
◆◆◆◆◆◆
希依はそこで手を止め、悪夢から目覚めた子どものように顔を両手でおおった。
シャワーから上がった正介が、気の早い『ジングル・ベル』を陽気に歌っているのが聞こえてきたからだ。
「ああ、これツリーに飾ろう。正介がリビングに来る前に」
希依はキーボードから手を離し、オーナメントを持って立ち上がる。ツリーにくっつけようと背伸びをしたが、手がかじかんで、思うようにいかなかった。
あの日、恵比寿駅の改札で想太を待っていたときの凍えが、全身に戻ってきていたのだ。
― エッセイって、怖い。
「希依どうした?そんなに不器用だった?」
シャンプーの香りを漂わせた正介が、優しい笑みを浮かべてリビングにやってくる。
「ほら、貸してみ」
正介の手が、かすかに指先に触れた。それだけで、体に熱が戻ってきて、希依はほっとする。
◆
エッセイの公開日には、頻繁にInstagramをチェックするようにしている。熱心なファンが、DMでコメントをくれることがあるからだ。
『素敵なエッセイでした。今年のイブはあたたかくして、美味しいチキンを食べてくださいね。どうか体調に気をつけて』
さっそく送られてきたのは、青い花のアイコンからのDM。彼女は、毎回メッセージをくれるファンのひとりだ。
『ありがとうございます。チキン、食べますね。素敵な冬を』
返信をしたそのとき、見慣れないアカウントからDMが届いた。
『この「彼」って、青崎想太くんのことですよね?LINE、知ってますよ。連絡してみたらどうですか?』
「…え?」
なんで。
「彼」の正体が、どうしてわかるのだろう。固まっていると、LINEのリンクが送られてきた。タップすると、なんと『想太』という名のアカウントが出てくる。
アイコンは、深緑一色。
― 深緑は、想太の好きな色だった…。
頭が真っ白になる。
本当に想太の連絡先なのか。
それとも、なにかのいたずらなのか。
なにより、このDMの送り主は、誰なのか―。
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LINEでメッセージを送ってみる希依。すると…?
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