きっかけは、1遍のエッセイだった―。
『私の、忘れられない冬』
ライターの希依(28)は、WEBエッセイに自身の過去を赤裸々に綴った。
その記事の公開日、InstagramのDMに不思議なメッセージが届く。
「これって、青崎想太くんのことですよね?LINE、知ってますよ」
平和だった希依の人生が、めまぐるしく変わっていく―。
インターホンの音で、希依は立ち上がる。
「正介!おかえりなさい」
広尾の高級マンションの一室。大理石のたたきに降りんばかりの勢いで、希依は正介に抱きついた。
「ただいま、希依。1週間ぶりだね。さみしかった?」
「大丈夫よ。お仕事、お疲れさま」
― 本当はさみしかったけれど。
7歳上の夫・正介は、大手航空会社でパイロットをしている。
出張など、日常茶飯事だ。結婚してそろそろ丸2年。さすがに毎回出張をさみしがるわけにはいかない。
「疲れたでしょう。時差ボケは大丈夫?スーツケースの中身、洗濯機に入れるのやるよ?」
「いいよ、自分でやるよ。だって希依、お仕事中だったでしょう?」
リビングのテーブルに置かれたMacBookを見ながら正介は言い、眠たそうにあくびをした。
希依の仕事は、ライターだ。
最近では「エッセイスト」という肩書で呼ばれることも多い。
「エッセイスト」だなんて言われると大げさな気がして恐縮するのだが、SNSのフォロワーは、まもなく5,000人を超える。ありがたいことに、仕事は順調だ。
「はい、これ。フランクフルト土産」
正介が、サンタクロース柄の包装紙にくるまれた箱を差し出した。
「なに?開けていい?」
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