『20代のうちに結婚したほうがいい』
一昔前の価値観と言われようとも、そう考える女性も少なくはない。
そんな焦りにとりつかれ、30歳目前でスピード婚をした広告デザイナー・穂波。
しかし穂波は、すぐに後悔することになる。
「なんで私、焦ってプロポーズをうけてしまったんだろう」
私にふさわしい男は、この人じゃなかった――。
「結婚してください」
「…え?」
あまりに突然のプロポーズに、穂波は足を止めた。
夕方の代々木公園。暑さが和らいで、とても穏やかな気候の日曜日だ。
「あ、ああ、ごめん。急だよね。こんな散歩中に…」
穂波より少しだけ身長の高い一樹は、中指でメガネの位置を直した。気持ちを立て直すときの、一樹のクセだ。
「改めて…穂波。僕と結婚してくれませんか?」
― 結婚…ついにきた!
穂波は、笑顔で幸せを噛み締める。
一樹と交際してからの3ヶ月、その言葉を聞きたい一心で生きてきた。
「はい。お願いします」
一樹が微笑んで、胸ポケットから小さな紺色の箱を取り出す。
静かに開かれた箱の中には、煌びやかなハリー・ウィンストンの指輪が鎮座していた。
まばゆい輝きに、思わず涙が出てくる。
これまでの人生で感じたことのない、その場にへたり込みそうなほどの強い安堵がこみあげてきた。
― これで30歳になる前に結婚できるわ!
「はは。穂波、泣いている」
「だって、あまりに嬉しくて…」
出会って3ヶ月。狙い通りのスピードゴールインだ。